イメージ(写真提供:Photo AC)
高齢者が高齢者の親を介護する、いわゆる「老老介護」が今後ますます増えていくことが予想されます。子育てと違い、いつ終わるかわからず、看る側の気力・体力も衰えていくなかでの介護は、共倒れの可能性も。自らも前期高齢者である作家・森久美子さんが、現在直面している、93歳の父親の変化と介護の戸惑いについて、赤裸々につづるエッセイです。

前回〈自損事故で車を失った父は「助犬」のおかげで温和に。ほっとしたのも束の間、黙って高齢者講習に向かっていた〉はこちら

認知機能検査の会場へ

父は秘密で、運転免許更新のための「認知機能検査」を予約していた。家族に反対されるのがわかっているから黙っていたのだろう。 

父宅を訪ねた義妹が、出かけようとしている父に気づき、慌てて連絡をくれたのだが、私は孫とプールにいて電話をとることができなかった。困った義妹は私の長男に電話したところ、検査を受けるのを止めさせるため、父の家に向かってくれているという。長男からのLINEで状況がわかった。

私の長男は父の初孫ということもあり、幼いころから可愛がられてきた。馬が合うらしく、社会人になって札幌を離れても、よく電話で話している。今日も、お昼を一緒に食べる約束をしていたらしい。おじいちゃん思いの孫が説得したら、思いとどまってくれるのではないかと、私は期待していた。

しかし、その後どうなったかの報告が入ってこない。痺れを切らして長男に電話をかけたら、LINEが返ってきた。

「今、検査会場でおじいちゃんと話し合っているから、電話には出られない」

私は慌てて返信した。

「なんで会場にいるの? とにかくなんとしても阻止して!」

状況がつかめず、イライラして待っていると、ようやく長男から電話があった。

3月の下旬で札幌はまだ残雪があり、足元が悪いため、長男は車で父を認知機能検査の会場まで送ったそうだ。そして今、父は検査を受けているというではないか。それを聞いて、私の怒りが頂点に達した。

「受けさせたらだめでしょ! それにわざわざ送って行ったなんて、信じられない! あなたの役目は、免許を返納させることだよ!」

父の検査が終わるのを会場の前で待っている長男は、興奮している私をよそに、抑え気味の声で話す。

「もちろん、やめてと言ったよ。でも、俺が乗せて来なくても、おじいちゃんはタクシーでここに来たと思う」

長男の冷静な物言いが、私の神経を逆撫でし、益々語気が荒くなる。

「夏には94歳だよ! 世間が許さないわ。呑気なことを言わないでよ」

「検査結果が出たら、また電話する」

そう言うと、長男は電話を切った。