高齢者が高齢者の親を介護する、いわゆる「老老介護」が今後ますます増えていくことが予想されます。子育てと違い、いつ終わるかわからず、看る側の気力・体力も衰えていくなかでの介護は、共倒れの可能性も。自らも前期高齢者である作家・森久美子さんが、現在直面している、93歳の父親の変化と介護の戸惑いについて、赤裸々につづるエッセイです。
昔のことを忘れたふりをする父
93歳になっても一人暮らしをしている父。車という「足」さえあれば、自分一人で生活できると思っていた父は、自損事故で車が廃車になってから茫然自失の状態だった。食欲もなくなり、1ヵ月で4キロも体重が減ってしまっていた。
年が明けて、デイケアサービスに行くようになり、生活にメリハリができたおかげで、父の食欲は徐々に戻ってきた。私は毎日父が喜んで食べてくれるメニューを考えて、夕食作りに励んでいる。昔からそうなのだが、父は出されたものは黙って食べるだけで、特に感想を言わない。
「ねぇ、パパ、おいしいとか言ってくれない? 一生懸命作っているんだから」
「男は黙って食べるものだ」
かわいくない反応ではあるが、これは認知症かどうかに関わらず、戦前生まれの男性の特徴なので気に留めないことにしている。ところがある晩、義妹と私と3人で夕飯を食べている時に、父は柔らかな笑顔を浮かべた。
「温かいみそ汁は、おいしいな……自分では作れなかったから、久しぶりだ」
ほろっときた。一人暮らしの老人の食生活のわびしさを思いやり、私は感傷的な気分になってしまった。私が仕事で来られないことが多かったため、父はよく総菜や弁当を買って食べていた。そういう日の飲み物は、ペットボトルのお茶や水だったのだろう。