20年間苦しみ悩む家族もいる

ベトナムでは現在も、先天性の障害や疾患を持って生まれてくる子が後を絶たない。それは猛毒である高濃度のダイオキシンを含む枯葉剤の影響である可能性が高いとされ、ベトナム政府によれば、その被害は3世代、数百万人に及ぶ。

結合双生児として生まれた「ベトちゃん、ドクちゃん」はその一例だが、彼らの子や孫の世代にも、無脳症、小脳症、二分脊椎症、先天性四肢欠損症、知的障害、遺伝性疾患やがんなど、重篤な身体的・精神的疾患のある子が多く生まれている。

1994年にグレッグさんがベトナムで撮影した、ベンチェ子供病院の子供たち〈(C)2022 Masako Sakata〉

――取材ではベトナム各地の小さなコミュニティを訪ねました。私が話を聞くと、彼らは泣いて喜んでくれました。「これまで誰にも話せなかった。被害を知ってもらえることが救いになる」と。

枯葉剤が撒かれたのはベトナム南部ですが、北ベトナムの兵士も含め、子孫への影響は全土に及んでいます。被害を受けた人々は、子どもの先天性の障害が枯葉剤のせいだと、長い間知らされていませんでした。先祖が悪いことをしたからだとか、親の行いのせいだと、周囲から責められていたのです。戦後、政府や科学者による調査が進んで原因が枯葉剤にあると知らされ、救われた気持ちになった、とも話してくれました。

その後、何度もベトナムを訪れ、枯葉剤をテーマに2本の映画を製作。最初に取材した人々を20年間、折に触れて訪ねてきましたが、今回監督した作品『失われた時の中で』はその集大成ともいうべきものです。

ベトナムが経済発展を遂げる一方、社会から取り残された被害者やその家族も大勢います。たとえば、ある中学生の少女は、祖父が枯葉剤を浴びたことで、知的障害と身体的障害を持って生まれた父と3人の叔父の面倒を、祖母と2人で見続けています。彼女は進学を希望していますが、食事の支度や家族の介助に多くの時間を取られ、勉強もままならない状況です。祖母は、自分亡き後の重責が少女の肩にかかってしまうことに苦悩していました。

坂田さんが最新作で撮影した、中学生の少女(左)と叔父たち。兵士だった祖父が南ベトナムで枯葉剤を浴びた。障害のある3人の叔父と父親を祖母とともに世話する〈(C)2022 Masako Sakata〉

成人した4人の子どもそれぞれに重い障害がある夫婦は、貧困と厳しい生活に喘ぎ、「自分の死後のことは考えられない」と思い詰めていました。絶望から抜けだせない家族が、今なお大勢いるのです。