夫を失った悲しみが世界を広げてくれた

夫の死の悲しみから立ち直るために、カメラを回しはじめた坂田さん。20年の歩みの中で、彼女自身の世界は大きく広がっていった。しかし今も、夫がそばにいてくれたらと考えない日はない、という。

――夫は写真を撮る時に、決定的な瞬間を捉える目を持つ人でした。本当によく「見て」いたんですよね。被写体が次にどう動くかわかっていたんでしょう。今、自分がカメラを回す時も、私の中に彼の視点を感じている気がします。

彼は、とてもユーモアがあって、楽しい人でした。お互い仕事で忙しくしていたから、二人で一緒に過ごす時間は少なかったのですが、とても濃密な時間でした。海外取材から帰ってきた彼の土産話を聞くのが何より楽しかった。いつも、旅をした国のことを、それは面白く語ってくれました。

19年の月日が流れても、夫を失った寂しさが癒えることはありません。それでも、その悲しさが、新しい道を切り拓いてくれました。夫の死が映画作りに向かわせて、人々との社会的なつながりを生んでくれた。彼が残したものの上に、私は生かされてきたのです。

坂田監督と在りし日のグレッグさん〈(C) Masako Sakata〉

長い年月が過ぎ、私自身も体力が少なくなってきました。カメラを持って1ヵ月以上海外で撮影を続けるのはそろそろつらいものがあります。でも撮りだめてきたものも含めて、枯葉剤をテーマにした作品をこれからも作っていきたいと思っています。

ある時、朝、目が覚めて、夫に「何のために人は生きてるの?」と尋ねたことがあったんです。彼はこう答えました。「生きることに意味なんてないさ。でもこんなに面白いじゃないか」。今の私を見たら、きっと夫はこう言ってくれるんじゃないかしら。「ブラボー! よく頑張ったね」って。


失われた時の中で
東京・ポレポレ東中野にて公開中、ほか全国順次公開

写真家だった夫の死をきっかけに、カメラを手に取り、ベトナムに向かった妻。それからおよそ20年――。枯葉剤被害者の現実の中に見出したものとは……。

監督・撮影:坂田雅子(『花はどこへいった』『沈黙の春を生きて』) 写真提供:グレッグ・デイビス、フィリップ・ジョンズ・グリフィス、ジョエル・サケット コーディネーター・仏語翻訳:飛幡祐規 サウンドデザイン・小川武 構成・編集:大重裕二 音楽:難波正司 配給・宣伝:リガード


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