南ローデシア問題の解決へ

8月1日、エリザベス女王の開会演説とともに、ルサカでのCHOGMが開幕した。当時の加盟国は42ヵ国であった。議長を務めるカウンダ大統領は、イギリスが外相のキャリントン男爵だけではなく、サッチャー首相を直々に出席させてきたことには感謝したかったが、アフリカ問題に関心の薄い首相が来たところで果たしてどうなるのか。

『エリザベス女王――史上最長・最強のイギリス君主』(著:君塚 直隆/中公新書)

最大の争点となる南ローデシアでは、当時は白人至上主義を掲げるイアン・スミス首相が公然と黒人差別政策を繰り広げていた。これに対して人口の面では10倍にも達する黒人たちの権利要求運動が高揚し、各地でテロ活動も展開された。

黒人指導者のなかでは、アベル・ムゾレワが穏健派を率いていたが、キャリントン外相は彼では単にスミスの傀儡になるにすぎないと判断していた。

サッチャーは事前に様々な要人と会って情報を集めていたが、このムゾレワこそ指導者にふさわしいと思い、急進的な黒人指導者であるジョシュア・ンコモやロバート・ムガベを「テロリスト」とみて敵視していた。

しかし、CHOGMに集まった黒人大統領たちの一致した見解はンコモやムガベらが黒人政権を担うべきというものだった。このため会議の当初からすでに、各国指導者とサッチャーとの間には冷たい空気が漂うようになっていた。キャリントン外相は当時を振り返りこう述べている。「アフリカの各国はサッチャー首相に対して激しい敵意を示していた」。