「死んでほしくない」と娘が抱きついて
幼い子どもたちにも打ち明けた。「肺がんという病気になってしまってん。脳に転移していて早くに死んでしまうかもしれない」と。9歳だった長女は、夜寝ている剛さんに「死んでほしくない」と抱きついてきた。
5歳だった長男はよく理解できなかったようで、「病気もう治ったの?」と聞くこともあった。しかし後に剛さんを取材したNHKの番組を見て悟ったのか、「お父さん、すぐに死んでしまうかもしれないの?」と泣いたという。
それでも家庭を暗くしたくない。子どもたちが「1回は温泉に行きたい」と言うと、「もうちょっと多く行けるわ」などと言い返した。楽しみは家族でのスキー旅行だ。
「一昨年は念願の北海道、昨年は信州に行きました。抗がん剤の副作用で足がむくんでスキーブーツが履けるか心配しましたが、大丈夫でした」
妻の助けも大きかった。
「長く医師として働く私が失ってしまった、一般の人の当たり前の感覚や常識をもっていて、バランスよく仕事をするためのアドバイスをくれる。本当にありがたいと思っています」
今のところは抗がん剤投与の後、数日体がだるくなること以外に問題はないという。しかし、生き抜こうという覚悟が崩れそうになることも。抗がん剤治療で抑え込んでいたが、20年6月の検査で腫瘍が大きくなっていることが判明。再入院して抗がん剤も変えたが、「こんなことを何度繰り返せばいいのか」と落ち込んだ。
「進行が止まっていた期間があったぶん、悪化した時はガクッと来ます。いっそ、あっという間に死んでしまったほうが楽かもしれないと思うほどです。脳がやられて重い意識障害などが起これば、自分が自分ではなくなるかもしれませんが、攻撃的になったりして周囲に迷惑をかけるような人格の変化が起こらないことを祈るばかりです」