すべてをものにしたい男とすべてを捨てていい女たち
20年ほど前『だめんず・うぉ〜か〜』という漫画が人気を博した。どうしようもないダメ男を好きになる女性の体験談は衝撃的で、そんな男がなぜモテるのか不思議でもあった。
本書は、明治時代に文芸誌『明星』を創刊し、多くの歌人や詩人を育てた与謝野鉄幹を巡る三人の女のさや当てを描いている。
現代では与謝野晶子の夫としての存在感のほうが大きいが、晶子の前には子まで生した内縁の妻があり、才能が開花し忙しい晶子の活躍の裏で結核を患う愛人の存在があった。
山口県・徳山の女学校で国語の教師をしていた安藤寛は、文才のある女生徒に目をつけていた。
教職を辞し、東京に出て名を改め、新進気鋭の文士・与謝野鉄幹となってから、突然10年も前の教え子だった林滝野に求婚する。雑誌社を創設するための持参金目当てであったことがわかるのは後のことだ。
『明星』創刊号には当時の著名な文士たちが寄稿した。彼らに憧れた詩人、歌人を目指す者たちは雑誌に投稿。
その中に生涯の伴侶となった鳳晶子も、愛人に甘んじた山川とみ子(のちに登美子)もいた。鉄幹にはかなりの文才があり、風貌も魅力的であったことは確かだろう。
「人を恋ふる歌」の冒頭「妻をめとらば才たけて」は現代でも知られ、多くの門人も集まった。
だが同時に彼女たちを利用し、欲望を満たすためだけでなく踏み台にしようと画策した。そんな仕打ちをされても、女たちはどこか鉄幹に甘い。
著者は三人の女性の恋心を彼女らが詠んだ歌に託す。きっぱりと諦める潔さも、身を焦がして溺れる肉欲も、利用され裏切られながら執着する心も。
お互いを認め合う意地は著者のせめてもの応援かもしれない。
後に晶子が訳す『源氏物語』の描写が効果的だ。鉄幹は光源氏であったのだろうか。こういう男に魅かれる女たちの心は古今東西変わることがないのかもしれない。