ノエル ちょうど横浜に私たちが子ども時代を過ごしたマンションが残っていたから、母はそこに住んでもらうことにした。荷物を片づけて、バリアフリーにリフォームして。できるかぎりの準備をし、カナダに戻ったのは昨年の暮れ。おかげさまで、私はすっかり元気になった。

かれん いずれは施設に入ることになるかもしれないと考え、一緒に見学に行ったりもしたよね。でも、母にはなるべく最期まで本人が心地よく過ごせる空間……、集めてきた骨董や絵画に囲まれた、母の美意識が詰まった部屋で過ごしてほしい。

ノエル そうね。

かれん ローリーは「ノエルがカナダに帰るなら、僕が一緒に住むよ」と言い出して、葉山に建築中の家に母の部屋を用意したみたい。同時にお料理教室にも通い始めたというのが、何でも楽しもうとするローリーらしさ。(笑)

ノエル 気持ちは嬉しいけど、おすすめはできないかなあ。私が6年以上同居した実感として、やっぱり家族がすべてを担うのはとってもストレス。母の場合は、プロに介護してもらったほうが甘えやすいと思う。子どもの前でも格好つけてしまうし、「なんであなたにそんなこと言われなきゃいけないの」と意地を張ったり、逆に遠慮が出てしまったり。

かれん もともと誇り高く、負けず嫌いで、人に弱みを見せたがらない人だものね。

ノエル 私の心の中にも、どこかで「自分は子どもなんだから、本来は親が面倒をみてくれるものじゃない?」という気持ちがあって、それが自分を苦しめていたのかもしれない。

かれん 今は、ノエルがカナダに戻る少し前からお願いしているとても優秀なヘルパーさんに常駐してもらって。母はとても穏やかに暮らしている。たぶん事情をよく知らない人が会ったら、病気だということもわからないんじゃないかしら。

ノエル 幸せそうだよね。そのせいか、前よりきれいになった。(笑)

<後編につづく

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