大学進学を《選べない》と《選ばない》では、天と地ほどの差がある。(写真はイメージ/写真提供:photo AC)

教育の平等:学びは一生のもの

大学時代の貧困や、社会人になってからの奨学金返済の苦労について書くと、いつも言われることがある。

「貧乏は高校まで」
「高卒で働け」
「返せないものは借りるな」
「いいところに就職できなかった時点で、奨学金借りた意味ない」
「身のほどをわきまえなさい」

こういうコメントを見るたび、つくづく日本は貧しいなと思う。学ぶ意欲さえあれば貧しくても大学を卒業できる社会にしよう、とはならない。そうではなく、貧しいなら学びはあきらめろと言う。

18歳という年齢で、20代、30代、40代での職業や賃金を予測できるだろうか。仮に目標を立てたとしても、未来はあまりに不確実である。景気の変動、職場環境とのマッチング。病気になるかもしれないし、会社が倒産したり、リストラに遭うかもしれない。就職しても経済的に困窮するかもしれない一方、逆に安定して収入を得られて、思ったより余裕があるかもしれない。

もちろん奨学金を借りるなら返済計画は立てるべきだ。しかし、学びたいなら借りてでも進学したいと思うのが自然で、希望の進路に向かえるようサポートするのが大人の役割ではないか。