言われるがままにされていたら

実はこの医者は、私のボーイフレンドだ。たまたま通院していた歯科医院と彼の通う歯科大学が近かったこと、この歯科医院が学生を受け入れていたことが重なり、彼は研修を希望して実習生となっていたのだ。

そういえば以前、「実習の時の経験が就職活動に生きてくるんだ。特に抜歯はなかなかできない経験だから、抜く時は僕にやらせてほしい」と懇願されたのを思い出した。

彼の将来のために仕方ない。腹を括り、抜歯を終えた直後、私の耳に聞こえてきたのは驚きの一言だった。

「いたみの少ない歯は簡単に抜けるな」

いま何て言った? あ然として言葉が出てこない。人の体を何だと思ってるんだ!

しかし、その後も無言の圧に屈し続け、気づいた時には右下2本、左下2本の合計4本の大事な奥歯がなくなっていた。

実習を終えて彼が大学に戻ると、主治医が私の口の中を覗いて「なんだこれは!」と絶句。本来、抜歯後は仮歯を装着するものだという。私の口の中は、歯が抜かれた状態のまま放置されていたというわけだ。無性に腹が立ち、恋人関係の解消を決めた。

まだ20代前半。主治医が作ってくれた4本の入れ歯とともに、前を向いて生きていこう。しかし、現実は甘くなかった。