今注目の書籍を評者が紹介。今回取り上げるのは『嘘つきジェンガ』(辻村深月 著/文藝春秋)。評者は女優で作家の中江有里さんです。

詐欺をめぐる 被害者と加害者の物語

強盗のように強引に金目のものを奪うのではなく、大切な誰かのために自ら金を出させる「振り込め詐欺」「オレオレ詐欺」「ロマンス詐欺」などと呼ばれる「特殊詐欺」は、人の心を操る犯罪。この短篇集に描かれた騙す側、騙される側の駆け引きに、「自分ならどうするか?」と考えずにいられなかった。

収められた3篇のうち「五年目の受験詐欺」は、成績に不安がある次男のため塾講師に法外な受講料を払い「事前受験」をさせた母が主人公。その5年後、それが詐欺だったと知らされる。

母は次男が志望校に合格したことを素直に喜べなかった。子を思う親心に付け込んだ卑劣な受験詐欺。母は被害者であるのに後ろめたい。次男の力を信じ切れず、夫にも本当のことを話せなかった自分を責めているのだ。

そういえば高校時代、同級生で「私はAさんの親戚」と人気タレントの名前をあげていたのが嘘だとバレた子がいた。なぜ同級生は嘘をついたのだろう、ずっと謎だった。

「あの人のサロン詐欺」の主人公は、憧れの漫画家になりきってオンラインサロンを開催するアラサー女性。なりきるためのリサーチと勉強は怠らないが、いつかバレるのを恐れてもいる。

嘘は風船のように大きく膨れ上がり、いつしか自分の嘘に押しつぶされる。風船は時間がたてば割れるか、しぼんでしまう。

本書の主人公はみんなそれなりに恵まれているが、孤独だ。孤独は不安を生み、その不安があらゆる判断能力を失わせる。犯罪とまでは言えなくても、ちょっと話を盛ったり、誰にも話せない過去があったり、小さな嘘をついたり……。かつての同級生も自己承認欲求や自分の存在意義に心を惑わされてしまったのかもしれない。詐欺は案外近くにもありそうだ。

ところで物語にはそれぞれの救いが描かれる。迷い込んだ罪の迷宮の出口は明るい。