「このまま夫婦を続けていくべきか、一度も迷いがなかったかと言えば嘘になります」

孤立する一方ですよね。とはいえ、本音を言えばなにか仕事がしたいという気持ちがあったのでしょう。手芸が好きだったので、ハンドメイド作品を販売できるサイトで小物を売るようになりました。

いくつか見本を提示しておくと、それを見た人から依頼がくるのです。幼稚園に持っていくバッグから鍵盤ハーモニカを入れる袋、変わったものでいえば電気釜カバーとか(笑)。依頼に応じて年100点くらい作っていたときがありました。

結婚して9年後には通信制の大学に入学し、認定心理士の資格も取得しました。心理学には以前から興味がありましたし、やはりいつか社会の役に立ちたいという思いがあった。自宅でできる手芸だとか通信教育なら、夫も認めてくれたのです。

なぜ夫がそこまで私を束縛したのか。いまになって考えると、彼は自分にあまり自信がなかったのかもしれません。トラブルも続いたし、仕事も思うようにいかない時期が多かったようですから。

このまま夫婦を続けていくべきか、一度も迷いがなかったかと言えば嘘になります。信じられなくなる瞬間も幾度かありました。でもいまの私には、彼とのいい思い出しか残っていないのです。

これはきれいごとでもなんでもありません。亡くなる半年くらい前からでしょうか。急に人が変わったようになった夫は、「いままで悪かった。理恵子の言うことはいつも正しかったと思う」などと口にするようになったのです。もちろん、そのときは「急にどうしちゃったの?」としか思っていませんでしたが。

のちにある方から、人は死ぬ前に仏に戻る、という話を聞きました。国や宗教を問わずこういう不思議な現象はあるようで、海外では「天使の時間」と呼ぶのだとか。だから彼と過ごした最後の半年は、それまでのつらい思いが浄化されるほど穏やかな毎日だったのです。