退社前にも一悶着
間もなく、Aさんは退社した。もっとも、それまでにも一悶着あって、「給料を1度ももらえないのはおかしい。傷病手当金の診断書を書いてくれ」と私に要求した。
しかし、「男が乱入してハンマーを振り回した云々の話はでっち上げである可能性が高いので、そういう診断書を書くと医師が『虚偽診断書等作成』の罪に問われる恐れがある。会社も事情を知っている以上、必要な手続きをしてくれないでしょう」と説明すると、Aさんはそっぽを向いて診察室を出て行った。
一連の経緯を振り返ると、Aさんは自分の希望に沿わない部署に配属されたことが不満で、出勤するのが嫌になり、殴り込み事件をでっち上げれば希望する部署への異動が叶うのではないかと短絡的に考えた可能性が高い。
ただ、入社直後で、防犯カメラが設置されていることを知らなかったので、計算通りにはいかなかったのだろう。
※本稿は、『自己正当化という病』(祥伝社新書)の一部を再編集したものです。
『自己正当化という病』(著:片田珠美/祥伝社新書)
うまくいかないことがあるたびに「私は悪くない」と主張し、他人や環境のせいにする。やがて、周囲から白い目で見られるようになり、自分を取り巻く状況が次第に悪化していく……。このような「自己正当化という病」が蔓延している。精神科医として長年臨床に携わってきた著者が「自分が悪いとは思わない人」の思考回路と精神構造を分析。豊富な具体例を紹介しながら、根底に潜む強い自己愛、彼らを生み出してしまった社会的な背景を解剖する。この「病」の深刻さに読者の方が一刻も早く気づき、わが身を守れるように――。