また家に帰れと言われた
ところが。
もう落ち着いて練習に入っていてもいい頃にまた翔大から電話がかかってきた。もう…なんなのよ今度は。
電話の向こうで翔大がまた泣いている。
せっかくグラウンドにたどり着いたのに、また家に帰れと言われたという。
なんでも、スパイクを忘れて学校からのバスに乗れなかった時、他の野球道具の入った自分のバッグはバスに積んで持っていってもらったつもりが、積まれていなくて学校に置きっぱなしになっていたのだ。やっとこさでグラウンドに着いてみたら、自分の野球バッグがそこにない。手には取りに帰ったスパイクだけ。道具がないなら今日は帰りなさい、と家に帰されたというのだ。そりゃそうだ。練習着もなく道具もない。体育のように見学させてもらえるほど、高校の野球は甘くないのである。
グラウンドから最寄りの駅までの路線バスは、1時間に1本ほどしか通っていない。
なかなか来ないバスを待っている間、さすがにクタクタで、心細くて、情けなくて。
息子はとうとう電話口で泣いてしまったのかもしれない。
こんな散々な有り様になっていても、私には遠い電話の向こうの出来事。想像するにヨレヨレな息子にどうしてやることもできず、ただ「道具を忘れるってことは、こういうことだよ」と諭すほかなかった。