医師には私の家庭の事情など関係ないのだ。そして、医師は、プリンタから出した入院指示書の紙を持って立ち上がり、座っている私の手にその紙を押し付けて、言った。

「これにサインして、入院受付に出しなさい。でないとあなたは胆嚢がんで死ぬ。胆嚢がんは肝臓に浸潤するので怖いのです」

世の中が一変に変わってしまった。ずしりと重い空気が私の回りを取り巻いている感じがした。私は診察室を出て、入院受付に行ったが、どうしても入院指示書を出せなかった。

ことの始まりは別の病院で受けた人間ドックだった。勤務している会社の年に一度の健康診断は健康保険組合から補助金が出て人間ドックが受けられた。私は気になるところもなかったのだが、人間ドックを受けた。

しかし、胆管が太くなっているとのことで再検査となった。しかしその病院の再検査でははっきりせず、優れた検査機器が揃っているこのN病院を紹介されたのである。

私は、大丈夫という確認のつもりで正月明けにN病院へ行った。

初診から3日後に腹部超音波検査(エコー検査)、その5日後に検査結果を告げられた。

「おかしいなあ。胆管がんかなあ。次は造影CT検査をしよう」。

1か月後に造影CT検査をし、その10日後に検査結果の発表。

「分からないなあ。胆嚢がんが後ろに隠れているのかも知れない。次は胆・膵EUS(超音波内視鏡検査)をしよう。検査は1カ月後。その5日後にMRI検査をしよう」というわけで、最終結果の発表まで4カ月かかった。

鎮静剤を注射して意識がない間にしたEUSは、画像が真っ暗で分からなかったそうだ。しかし、最終結果は「生れつきの膵胆管合流異常」だったのである。この4カ月間は、忙しく会社で働いていても、がんかもしれないと言う思いが、頭から離れなかった。

膵胆管合流異常は、将来のがん予防のために胆嚢を取る人もいるし、腹部エコー検査などで経過観察をする人もいる。その選択は患者の自由だ。

腸が弱くてずっと困っている私は、胆嚢を取ると腸の調子が悪くなる気がしていた。そして、検査入院も、手術も、すぐにはできない家庭の事情があった。