父の言葉の意味を探って

そんなふうに何とか父を理解しようとした私ですが、いつの間にか父がどんな失敗をしても、「大丈夫、大丈夫」と母と同じように甘やかし、何もさせないようになっていました。

それに気づいたきっかけは、着替えを渋り、「大丈夫だよな?」と言う父に、妻が「大丈夫ではありません」と言い放ったこと。その瞬間、父は急にどこかの回路がつながったようにシャキッとしたのです。

かく言う私も、「存在とか言ってる場合じゃないでしょ」という妻の一言で目が覚めました。哲学で父のことが理解できても、夫婦の日常生活が破綻寸前という問題は解決しません。

そこで私たちは、24時間の見守りと毎日の訪問を組み合わせた介護サービスを利用し、父に一人暮らしをしてもらうことにしたのです。認知症になったら衰える一方だと思いこんでいたけれど、父は一人になることで電話での受け答えもしっかりするようになりました。

何より驚いたのは、母の記憶がよみがえったことでした。その後、末期がんが見つかって父は亡くなりますが、私は入院中も父の言動を書き留め続けました。

そのメモをもとに、1冊の本にまとめるのは、いつも以上に大変でしたね。「おやじのあの言葉はそういう意味じゃなかったかもしれない」という思いが繰り返し湧いてきて、いつまでも筆をおくことができなかったから。

今もどこか、納得がいかないんです。おやじはニーチェ。多分私は永遠に父について考え続けるのだと思います。

 

※高橋さんの「高」は正式にははしごだか

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