丁寧に暮らすことが、心を整える

母の言い分が書かれた原稿をおそるおそるめくって驚きました。そこには「母」ではなく、「松原かね子」というひとりの人間がいたから。ただのおしゃれで元気なお母さんじゃない。もっと深い人だった。私は身近すぎて批判的だった時期もあったけれど、ひとりの人間として母の人生を眺めた時、「この人、大した人だな」と思ったのです。

母がすごいのは、生活を崩さないことね。50年以上連れ添った夫がいなくなろうが、私が突然家に転がり込もうが、自分のペースを乱さない。

いつもピカピカに掃除をして、玄関には季節に合わせた置物や絵を飾って、栄養たっぷりの食事を作って、先祖供養もかかさず……そういうことをきちんとこなす。毎日判で押したように続けるのは、意外と難しいものです。

尊敬する僧侶の方が言っていました。仏教で一番大事なのは、生活を正すこと。料理をして掃除をして、毎日を丁寧に暮らすことが、心を整えるのだそうです。母はそれを誰に言われるまでもなく実践していました。

また、母は人にも丁寧。相手に礼儀を尽くすし、心から歓迎する。だから、多くの人に愛されるのね。母よりも若いご近所さんが毎日来てくれて、母の代わりにゴミ捨てまでしてくれていました。

慌ててお礼を言ったら、「気にしないで。私がやりたいからしているのよ。お母さんと話していると楽しいの」ですって。信じられる? 優しい人に囲まれていたから、ひとり暮らしも寂しくなかったのね。

母は友人たちと、「Aさんの母」「Bさんの妻」といった、うわべでつながるような関係でなく、もっと深いところで理解し合っていたようです。お互いに相手の好きなものがわかっていて、尊重できる。私にもそういう友人っているかしら? 自問自答しちゃったわ。

『97歳母と75歳娘 ひとり暮らしが一番幸せ』(著:松原かね子・松原惇子/中央公論新社)