振り返っても、そこに夫がいないのはとても寂しい
2019年に夫が施設に入った頃には、要介護5になっていて、意思の疎通もギリギリでした。
でも施設に入れた理由はそれらではありません。もともと小柄な私が介護で背中を痛めてしまい、大きな夫を支えきれなくなってきて、このままでは共倒れの危険があると考えたからです。
もちろん、ものすごく悩みましたよ。やっぱり家で看てあげたいですから。でも、末っ子たちの子育ても手伝いたかったし、90歳になる母にも会いに行きたかった。私は18歳で家を出て以来、母にはたまにしか会えていませんでしたから。夫の介護以外にもやりたいことがあったんです。
お世話になっていたケアマネージャーさんが「日本人は家で介護するのが美徳だと思っているけれど、それは違う。僕は妻に介護してもらおうとは思わない」と言ってくれたことにも背中を押されました。
こうして夫は、特別養護老人ホームに入りました。それまでも使っていたデイサービスの系列の施設だったので、夫が不安がることもなく入所できました。
施設に入って少ししてから、夫が夜中に大声を出すので向精神薬を飲ませたいと施設から言われたのですが、私は躊躇しました。認知症の進行を抑えるために夫に飲ませていたアリセプトの副作用を疑ったからです。
それも家族会で聞いた情報でしたが、アリセプトをやめたら案の定、静かになったそうです。
お医者さんには、夜中に騒いでしまったのは家を離れたことへの反応かもしれないとも言われました。寂しいのかもしれませんね。
本当に、いい夫です。私を大事にしてくれて、娘にも「『箱入り奥さん』だね」と言われるくらい。そんな夫の介護は大変ではなかったですよ。
今は、夫に感謝しています。「ねえ」と振り返っても、そこに夫がいないのはとても寂しいですね。
※本稿は、『認知症介護の話をしよう』(日東書院本社)の一部を再編集したものです。
『認知症介護の話をしよう』(著:岩佐まり/日東書院本社)
若年性アルツハイマーの母を20歳から介護する著者が出会った、
認知症になった家族と生きる10人の物語
――不安や悩み、暮らしの工夫、向き合い方
家族の語りから見えてきたことがありました。
介護に正解はない――
明日からの介護生活に役立つ、介護者が知っておきたいことが満載。
年齢や性別、立場もさまざまな10人が、自身のことばで語るそれぞれの介護。
ひとりで抱え込まないで、
いろんなひとの話を聞いて、そして、周りのひとに自分の話をしてみてください。
介護について、家族について、
話をしているうちに勇気が湧いてきて、
また明日もがんばろうと思えたりするものです。
介護に正解はありません。
現実を知ることで前向きになれるヒントが、
ここに詰まっています。
「介護をする人は、介護をされる人のために、幸せにならなければいけない。それが私の持論です。本書には、そのためのヒントが詰まっています。」
(本文 「はじめに」より)