お金はなくても暮らしは豊か

晴れて上京した私は、家賃5万円のアパートに暮らしはじめ、バイトを三つかけもちした。生活費はそれほどかからなかったけれど、できるだけ舞台に足を運んでみたかったから、チケット代を稼ぐ必要があったのだ。せっかく『レ・ミゼラブル』を見るならいい席で、キャストを変えて何度も見たい。

『余白』(著:岸井ゆきの/NHK出版)

レンタルではなく、映画館で映画も観たい。若くて貧乏で何も持っていなかったくせに、精神だけはブルジョアだった。でもきっと、何にお金をかけるかというのは、その人の生き方をあらわすのではないかと思う。

私は、映画と舞台に触れる時間だけは妥協したくなかったし、そのためにおいしいごはんを食べられなくなるのもいやだから、まかないを出してくれる飲食店でのバイトにした。

多くは稼げなくても、自分でなんとかなるやり方で、暮らしは豊かにしたかった。