奇跡の一夜の真骨頂
コンサートも後半に入った。
照明が一気に明るくなり、ついに15人全員が舞台上に揃った。
半円の形に並んだ15人は、チェロの首席二人(日本フィル・菊地知也、新日本フィル・長谷川彰子)以外は全員、立奏で構える。
各オケのトップ級の面々が、ステージ上で向き合う。ふだんなら決して実現することのない極上の組み合わせだ。なんという贅沢。ここからが、奇跡の一夜の真骨頂だった。
一曲目は、「花のワルツ」。前半で、吉野がたった一人、孤独の演奏を届けたあの曲を、今度は15人全員で演奏する。舞台が一気に温かになる。共に演奏することの有難みが、ホールに充満していった。
2曲目は、シベリウスの名曲「フィンランディア」だ。
3曲目。あの難曲、マーラーの交響曲第6番「悲劇的」から「アンダンテ」である。
始まりは、ピアニッシモの慈しむような音色を、矢部がヴァイオリンソロで奏でていく。それに呼応するかのように弦楽器が、そして管楽器が、波が押し寄せるように絡んでは遠ざかり、またつながっていく。読売日響の首席ホルン奏者・日橋辰朗のソロが悲しく、切なく響いていき、矢部と呼応し、15人全員の大きなうねりへと連なっていく。みなで交わしていくアイコンタクトがすごい。
コロナ禍の辛さを忘れず、噛みしめ、そして共生し、乗り越えていく。そんな想いの波が何度も何度も反復して心に届くようだった。わずか15人とは思えない響きの豊潤さと繊細さとを兼ね備えた、忘れ難い演奏となった。
4曲目は、組曲「展覧会の絵」から、終曲「キーウの大きな門」が荘厳に奏でられる。
そして最後の曲は、ハイドンが作曲した交響曲第45番『告別』から第4楽章だ。
コンサートにあたって、矢部がともに悩んでくれた課題があった。それは、今はメンバーも自分のオーケストラが活動の中心であり、ともすると今回「寄せ集め」になりかねないのを打破する意味合いを見つけられるか、ということだった。
それに対する答えとして行きついたのが、この選曲だった。
実はこの曲には、ハイドンが仕掛けた、大胆な演出がある。それは各奏者が演奏の途中で一人ずつステージから去っていき、いなくなってしまう、というものだ。
私たちはコンサートを通じて、あのときの「孤独」を忘却することなく、集い、お互いが「共生」していることに改めての喜びを見出してきたはずだ。そして私たちは今、それぞれの持ち場で営みを重ねようとしている。それはアンサンブルのメンバーたちも同じだ。共生への思いを胸に、この曲を経て自らの持ち場である各オケへと再び戻っていくはずである。
演奏が始まった。篠崎のリードで、少々哀愁を帯びたメロディが速いテンポで続いていく。途中からスピードがゆっくりになり、温かな音群が響いていく。しばらくするとフルートの神田、梶川(N響)、ファゴットの石井野乃香(東京シティ・フィル)らが、次々とステージを去っていく。その後もどんどん奏者がいなくなり、舞台も暗くなっていく。最後、すべての音が消え行くと、ステージは真っ暗になった。