孤独だけれど、ひとりぼっちじゃない

真っ暗な舞台。壁に大きく映し出された、「私たちは コロナ禍の『孤独』を 決して忘れない」の文言。

『孤独のアンサンブル-コロナ禍に「音楽の力」を信じる』著:村松秀/中央公論新社

そして、緊急事態宣言のさなか、2020年5月に放送した番組「孤独のアンサンブル」での、都響コンマス・矢部達哉のインタビュー映像が流れる。

それが終わった時。

ステージのスポットライトの下に現れたのは、矢部達哉、本人だった。

ひとつのノイズも聴こえない。その静寂の中に、矢部のヴァイオリンから生み出される美しい振動がゆっくりと広がっていく。「タイスの瞑想曲」だ。あまりの集中度で奏でられた、たった一人での演奏は、あの孤独だった日々へと一気に連れ戻す、猛烈な引力を生み出した。

演奏が終わっても、観客は動けない。拍手が全く起こらない、それほどまでの極限の緊張感が、広いNHKホールを包み込んだ。

「孤独のときを決して忘れない」そして「孤独だけれど、ひとりぼっちじゃない」という想いが観客と共有された究極の時間だった。矢部はそれをヴァイオリンひとつだけの演奏で、伝えきったのだ。

舞台下手袖にいた筆者の目には、いつの間にか涙が潤んでいた。

その横で、矢部の演奏に聴き入っていたのは、都響の首席オーボエ奏者・広田智之だった。

「素晴らしい・・・」

そう一言だけいうと、上手袖へと静かに移動していった。