「ジャックに守られた妻」でなく
自身の人生の記録を残さない代わりに、彼女はスタジオ・プロデューサーとして、自身の美学をアルクールの写真技術に宿し、自分の人生も思った形にプロデュースして残したのではないか。伝説の中の彼女は、「ジャックに守られた妻」でなく、独立して対等な「マドモワゼル」でなくてはならなかった。そんな気がする。
ジャックに対しては、「ラクロワという名家の名前が欲しくて傍にいるのではない」と、証明したかったのかもしれない。
〈形式に縛られない本当に自由で心からの愛〉を、ジャックと紡ぎたいと思ったのではないか。
イエナ通りのスタジオの大階段の前で撮影された、何かの記念らしい集合写真を見てみると、まるで女王のように二人の紳士を両脇に侍らせ、犬を抱いて貴族のようなエレガントな微笑みをたたえたコゼットが写っている。
最初、向かって左側の男性にコゼットが身を寄せているように見えたが、兄のジャックはジャンより3歳年上。右側の白髪で恰幅のよい紳士がジャック、左側がジャンだろう。
そうして改めて見ると、ジャックはいかにも力と決断力がありそうだ。彼と結婚したままだと「支配されてしまう」かもしれないと、コゼットは不安に思ったのかもしれない。ジャックはいかにも場の中心のような、画面の中央下に陣取っている。「実際はこのスタジオは私のもの」という自意識がありそうにも見える。弟のジャンの居場所は「端」でしかない。やがて兄と離別し、経営から離れていくのも理解できる気がする。
ロベール・リッチはおそらくコゼットの真後ろで腕組みをしている細身の人物ではないか。彼は母のブランドである二ナ・リッチを引き継いで運営した。1988年に亡くなっているイタリア系のフランス人だが、ウェブでは、痩せた紳士の写真が数枚確認されるのみだ。立場的に前方にいる筈で、後ろに控える三人の男性のうち、細身なことと、残っている写真の生え際の特徴から、腕組みをした少し後ろ側の紳士だろうと推察される。