イギリス在住のブレイディみかこさんが『婦人公論』で連載している好評エッセイ「転がる珠玉のように」。今回は「あいつらは知ったかぶる」。右手を怪我して、左手だけで奮闘する日々が続いていたが、息子の一言で仕事のやり方が一変した――。(絵=平松麻)

日本語の音声入力

1月に福岡の母が亡くなり、しばらく日本に帰国して2月に英国に戻ってくると、なぜか怒濤のように体調を崩した。まず、ひどい結膜炎にかかり、やたら涙が出て目がかゆいのでかきまくっていたら悪化し、ほぼ目が開かない状態になった。仕事をしようにもコンピューターの字が見えないので困り果てたが、どうにか回復。ああよかった、と思っていたら、今度は怪我をした。

お食事中の方もいらっしゃるかもしれないので流血事故の詳細は省くとして、その結果、右手が使えなくなった。それでなくとも結膜炎で仕事がはかどらなかったから原稿が渋滞しているのに、と焦って左手だけで奮闘する日々が続いたが、「音声入力すればいいじゃん」の息子の一言で仕事のやり方が一変した。

日本語の音声入力は使えない、という声もあるが、使い出すとこれがけっこういける。もちろん、時々変な文章も入力されているが、時おり削除して左手でタイプし直せばいい程度だ。こんなに使えるとは思わなかった。

「改行!」

と言うと、スッとカーソルが移動するところなど妙にいじらしく(いや、当たり前なのだが)、最初の頃は何度も改行させて喜んでいたぐらい音声入力をエンジョイしていた。

が、またしても幸福な日々は続かなかった。