難病で苦しむ私を支えてくれたのは

そもそも私たち夫婦は同志のような関係性です。仕事を通じて知り合ったのは、40年ほど前のこと。私は28歳、一人息子を連れて2度目の離婚をした直後でした。当時彼は既婚者だったのですが、数年後に再会した時には、あちらも離婚していて。なんとなくの流れで食事をしたことから交際へと発展。結婚しないまま、つかず離れずのつきあいを続けていたのですが……。

2004年、53歳の時に私は突如として病に襲われます。最初は手のひら全体に膿を持った発疹が広がり、そのうちに治るだろうと放っておいたらひどくなる一方で。軍手をした上からビニール手袋をして家事をしていたけれど、外す時が地獄なんです。膿が固まってしまうので、お湯に浸してゆっくり軍手をはがすのが痛くて痛くて。

やがて発疹は足の裏全体にも広がり、鎖骨の下や胸に痛みを覚えるようになりました。しかも、どこの病院へ行っても原因不明と言われ、治療法がわからない。大量の痛み止めを飲んで仕事を続けていましたが、それも限界を迎え……。あとから私の病は、「掌蹠膿疱症性骨関節炎(しょうせきのうほうしょうせいこつかんせつえん)」という免疫不全の難病だとわかりました。鎖骨が変形し、腰椎も仙腸関節も破壊されていたのです。

その時に支えてくれたのが夫でした。今まで家事なんてしたこともない人が、進んで私の身の回りの世話をしてくれて。いきなりたくさんのレシピ本を買ってきて、料理を始めたのにも驚きました。私が、治療法を探して病院を渡り歩いていた時も、最後の砦と秋田県の本荘第一病院へ駆けこんだ時も、仕事を休んでつきそってくれたのです。

息子はまだ20代だったから、彼のサポートはとても心強かった。でも、結婚していないと、彼は入院の手続きさえできません。そのためにふたりで話し合って結婚することにしたのです。

結局、私は本荘第一病院の医師に救われました。今は手のひらの膿や、ひどい関節の痛みに苦しむことはほぼありません。ですが、ストレスや疲労が溜まると、少し症状が出ることも。ですので、主治医からも「ストレスを溜めないようにしてくださいね」と言われています。