やっと時代が追いついてきた
1982年、コメリアンス村がアルベルゴ・ディフーゾ計画を発表すると、同じように過疎化で窮していた近隣の村々も次々にこれに倣った。
EUの助成をコンペで勝ち取り、コメリアンスが具体的に動き出したのは、ようやく93年のことだ。
夏のヴァカンスに村人たちが帰郷するタイミングを見計らっては集会を開き、少しずつ壊れた家屋の修復と耐震化を進める中で、だんだんと目指すべきかたちが見えてきたのだという。
彼らが悔しい思いをしたのは、同じフリウリ州の中で、そのアイデアに刺激を受けて州で最初に実現したのはサウリスという村だったことだ。94年のことだ。
サウリスといえば、食通の間では幻の生ハムの産地として名を馳せている。
ブナの木でスモークするため塩分も低く、肉本来の甘みが楽しめる生ハムである。
一度は消えかけた幻の生ハムを復活させたのは、ヴォルフ社の創業者ジュゼッペ・ペトリスだった。
標高1200メートルの傾斜地にあり、冬は道が凍って陸の孤島になるサウリスでは、今でもアルベルゴ・ディフーゾが、山村の呼び水となっていた。
カルニア地方は、人口減少という点ではまだ危機を脱していない。
それでも、長く伸び悩んだコメリアンス村にも、近年、明るい兆しが見えてきた。
2006年には8680人だったアルベルゴ・ディフーゾの利用者数が、4年後には4万2613人と5倍に増えたのだという。
「一つには、自然豊かな地域への渇望だと思う。もう一つは懐かしい村の暮らしを楽しむアルベルゴ・ディフーゾの感性が、受けとる側にも育ってきた、やっと時代が追いついてきたということだね」と、カルロは笑顔を見せてくれた。
※本稿は、『世界中から人が押し寄せる小さな村~新時代の観光の哲学』(光文社)の一部を再編集したものです。
『世界中から人が押し寄せる小さな村~新時代の観光の哲学』(著:島村菜津/光文社)
煤だらけの壁、テレビも冷蔵庫も電話もない、インスタ映えとは無縁の料理――なぜ人を魅了するのか? これからの観光の最重要ワードであり、廃村・空き家問題の救世主となりうる「アルベルゴ・ディフーゾ(分散型の宿)」。その哲学と実践を、イタリアと日本での豊富な取材を基に、徹底的に掘り下げる。