ドアノブにおかずをかけておく

用事があれば連絡を取り合うし、困りごとがあれば相談に乗るけれど、普段はそれほど頻繁には行き来しません。お互いの生活には立ち入らないほうが、いい関係が続くと考えているからです。それでも「ひとつ屋根の下」にお仲間がいて、お互いに気に掛け合うのは、高齢のひとり暮らしの場合なにかと心強いものです。

日常的な助け合いのひとつが、「食」に関すること。奈良岡さんは劇団の仕事で地方巡業など、家を不在にすることも多いため、ほとんど料理をされません。ですから、地方の方から送っていただいたお米や食材などは、私にお裾分けしてくれます。ただし本人によると、私に「預けている」そうです。

奈良岡さんは、家にいる日や仕事から早く帰ってきた日は、「お腹すいた~。なにか食べたいな」と、よく電話をかけてきます。一人分つくるのも2人分、3人分つくるのも同じだから、そんなときはお惣菜をちょっと多めにつくり、炊いたご飯に梅干しと生卵を添えてドアノブにかけておきます。

そして「かけておいたわよ」と電話をすると、「ありがとう」。そんな、さっぱりしたおつきあいです。生卵を添えるのは、お好きなときにご飯をレンジで温めれば、卵かけご飯がすぐ食べられるからです。ときには「最近、配給があまりないけど、なにかない?」などと催促されることも。そんなふうに気がねなく、なんでも言い合える仲です。

ドアノブにかけておくなんて、水くさいと感じる方もいるかもしれません。でもお互い仕事をしており、それぞれ自分の都合があります。奈良岡さんは家で台詞を覚えていることもあるし、「私は人とべったりつきあうのが苦手」と公言している方。「干渉はしないけれど、助け合う」関係は、お互いにとって一番心地いい距離感なのです。

京マチ子さんにもよくおかずをお裾分けしましたが、京さんがつくってくださることもありました。往年の大スターは料理をしないと思われがちですが、かぼちゃの煮物など、そりゃあ、お上手でした。ときには京さんのお気に入りの和食のお店に、一緒に食事に行ったりもしました。

 

※本稿は、『歳はトルもの、さっぱりと』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。


歳はトルもの、さっぱりと』(著:石井ふく子/中央公論新社)

『渡る世間は鬼ばかり』などホームドラマで知られる石井ふく子さんは96歳の現役プロデューサー。その暮らしは、縁を大切に育てる「おかげさまの心」にあふれています。近所に住む女優たちに「ちょいと菜」を差し入れ、医者通いの輪を広げ……つかず離れずさっぱりと、それでいて情深い"世話焼き"は、往年のスターたちに学び、磨かれました。ひとりで生きてきたけれど、人はひとりではない。石井ふく子流、老いを生きる知恵が満載。