「面白かったり頑張ったりしないで、なにか収まり切れない、頑張らない芝居をしよう、って」(撮影:岡本隆史)
演劇の世界で時代を切り拓き、第一線を走り続けるスターたち。その人生に訪れた「3つの転機」とは――。半世紀にわたり彼らの仕事を見つめ、綴ってきた、エッセイストの関容子が訊く。第15回は俳優の柄本明さん。子どもの頃は、日曜になると一日中映画館で三本立て映画を繰り返し観ていたと語る柄本さん。早稲田小劇場の芝居を観たのが俳優を志すきっかけとなったそうで――。(撮影:岡本隆史)

日曜日は一日中、映画館の中に

柄本さんの演じる役柄は、近ごろはユニークを通り越して静かな凄みを湛え、決して一筋縄ではいかない人物が多い。

たとえばテレビドラマ『海の見える理髪店』(2022年)の店主。自らの半生を客の青年に淡々と語り始めるが、途中から思いもかけない怖い展開となり、やがて穏やかにエンディングを迎える。本当に名演技だった。

東京は銀座の歌舞伎座裏に今も現存するという柄本家旧居。映画が何より好きだった両親のもとで育った明少年が、俳優になる第一の転機は何なのか。

――僕は昭和23年生まれなので、アメリカ映画がドーンと入って来たころなんですね。そのころは日本中みんな貧乏でしたけど、映画でアメリカ人たちの豊かな暮らしぶりを見て、自分たちの貧しさを忘れるみたいな感じがありましたね。

とにかく両親の話と言えば映画のことばっかり。東京大空襲で何軒か焼け残った家の二階に間借りしていたんですが、今もその家はあって、歌舞伎座へ行くと何となく見に行ったりします。なつかしくってね。

でも五つ六つのころにそこから杉並区の下井草に引っ越して、日曜になると100円もらって一日中映画館の中。三本立てを繰り返し観てましたね。そのころは錦ちゃん(萬屋錦之介)が大好きで、毎年年賀状を書いたけどついに返事は来なかった(笑)。

そのあと工業高校を卒業して、会社勤め二年目くらいに早稲小(早稲田小劇場)の芝居を観た。これが第一の転機ですかね。