王女の長い1日

逆にイギリスに深いゆかりがありながらも、この戴冠式に招かれなかった人物もいた。「デイヴィッド伯父さん」こと、かつての国王エドワード8世である。「王冠を賭けた恋」による退位後、弟バーティから「ウィンザー公爵」の爵位と年金を受け取っていた彼は、念願のウォリスとの結婚も果たし(1937年6月)、以後はパリ近郊で生活していた。

愛する姪「リリベット」の戴冠式にあたって、チャーチル首相との事前の相談で出席を見送らされていたウィンザー公は、ウォリスとともにパリの友人の家のテレビで自らが執り行うことのなかった戴冠式の模様を、複雑な表情でじっと見つめ続けていた。

すべての儀式が終了し、午後2時53分に女王は修道院西側扉から再び馬車に乗って、ピカデリーなどの繁華街も通って、バッキンガム宮殿に戻り、バルコニーから群衆に手を振り続けた。傍かたわらには4時間近くにも及んだ戴冠式に臨席してくたくたになった4歳半のチャールズ王子の姿もあった。こうして女王にとっての長い長い一日が終わったのである。

※本稿は、『エリザベス女王――史上最長・最強のイギリス君主』(中公新書)の一部を再編集したものです。

 


エリザベス女王――史上最長・最強のイギリス君主』(著:君塚 直隆/中公新書)

1952年に25歳で英国の王位に即いたエリザベス女王(1926~)。カナダ、オーストラリアなど16ヵ国の元首でもある。ウィンストン・チャーチル、サッチャー、ジョンソンら十数人の首相が仕え「政治経験が長く保てる唯一の政治家」と評される彼女は、決して"お飾り"ではない。70年近い在位の間には、ダイアナの死をはじめ、数多くの事件に遭遇、政治に関与し、20世紀末には強い批判も受けた。本書はイギリス現代史を辿りつつ、幾多の試練を乗り越えた女王の人生を描く。