450万部を超えるベストセラー『バカの壁』の著者であり、医学博士の養老孟司さん。物心がついた頃から、自然の世界、そして人との関係について、「わかろう、わかろう」としてきたと語ります。現代の私たちは、何事にも「ああすれば、こうなる」というシミュレーション可能な原則を求めすぎていて、身体的感覚を伴う「わかる」を忘れかけていると、養老さんは話します――(構成:篠藤ゆり 撮影:本社・中島正晶)
「知っている」と「わかる」は違う
振り返ってみると、私は物心がついた頃から、「わかろう、わかろう」としてきました。わかろうとした対象のひとつは、自然の世界。大好きな虫捕りや魚釣りに没頭していました。
昔は近所の川でもうなぎが釣れたし、蛍もたくさんいましたが、家庭から洗剤が排出されるようになって消えてしまった。そんな変化を目の当たりにしてきました。
もうひとつ、わかろうとしたのは人との関係です。私は子どもの頃から、「ここに自分がいていいのだろうか」と感じていました。
幼稚園でみんなと一緒にお遊戯なんかするわけですが、居心地が悪いというか、ぴったりはまっていない。みんなはなぜ平気で幼稚園に通っているのだろうという疑問を抱いていたのです。
どうにか世間と折り合いをつける方法を探るために、人を理解したかった。そこで、人がやっていることをひたすら観察するようにもなりました。大学院で解剖学を専攻したのもその延長線上のこと。
結果的に、ものを言わない相手を見ることは、虫の標本作りと同様、性に合っていたようです。そして、死体と向き合っていると、見ている自分の「意識」に関心が向くようになった。
意識というのは、脳の働きです。中年以降は、脳の働きについてわかりたいと思うようになりました。