今注目の書籍を評者が紹介。今回取り上げるのは『他人の家』(ソン・ウォンピョン 著・吉原育子 訳/祥伝社)。評者は女優で作家の中江有里さんです。

「家」という舞台で繰り広げられるドラマ

読了し、タイトルの絶妙さに唸った。

「他人」とはすなわち自分以外のすべての人。血縁でない、あるいは身内でないものが集まった、ある「家」の物語。収められた8篇それぞれ、そこにしかない「家」がある。

表題作はシェアハウスが舞台。優良物件だが格安なのには理由がある。本来は2人で暮らす部屋を4人でシェアしているからだ。

主人公シヨンは、やっと手に入れた自分だけの「家」で静かに暮らしたい。しかし同居する他の3人がそうさせてはくれない。

私自身、長く賃貸住宅暮らしを続けているが、思い描く理想通りの「家」はないものと諦めている。立地、間取り、築年数、設備、窓からの景色など「家」そのものの条件もあるが、ここでは同居人との関わりが最大の問題。家族であっても相性が悪ければ「家」の居心地は悪くなる。また自分の生活を脅かす家族は「他人」より問題の根が深い。

「四月の雪」では、離婚を決意した夫婦の家にフィンランドから旅行者がやって来る。別れを決める以前、民泊アプリで募集した客だ。事情を知らぬ客の前では仲の良い夫婦のふりをする2人。

夫の語りで進行する物語は、妻の心情が巧みに省かれている。一方、旅行者の客は一度訪韓をキャンセルしている。再びやって来た理由は語られないが、深い事情があるようだ。

多くの人は「他人」を気に留めない。でも「家」という舞台に「他人」が入り込んでくれば、それは自分事になる。

小説を読むことは「他人」の事情に関わるのと同じで、見知らぬ誰かの人生を体感する行為に等しい。「他人」という鏡を見つめることで、直接には見られない自分の姿が浮かび上がってくるのだ。

ミステリーだったり、近未来SFだったり、形は様々な「家」。どの扉を開いても驚かされるだろう。