<From pieni>

“重たい”という共通の記憶

型板ガラスを使った「重たい引き戸」。

古い家屋には必ずといっていいほどあったもので、それを知る人たちに共通しているのが“重たい”という記憶です。

子どもにとってはなおさら重く、私たちも、子どもの頃は足まで使ってやっと開けていました。

そして開けると同時に「ぎぎぎ……」「ががが……」という大きな音が、家中に響き渡ります。

そんな音とともによみがえってくるのは、怖さ。

田舎の実家はやたらと広く、なかでも薄暗くて陰気な空間に重たい引き戸がありました。

引き戸の奥に何があるんだろう……? 怖いから気になる。

開けてみたいけど、開けてはいけないとも思う。かつての古い家は、そんな小さな謎も秘めた場所だったように思います。

Iさんのおばあさまの家も、そんな古くて大きな家だったのかもしれません。

開くたびに家中に響き渡った大きな音。

誰かが引き戸を開けるたびにおばあさまの気配を感じさせてくれた音。

その音も、音を立てていたガラスも、古い家に満ちていた想い出も、震災で一瞬にして失われてしまった。

Iさんが旅先から注文してくださった『ており』(左下)、『みずわ』(上)の小皿(W7.5×D7.5cm)と『しきし』(右下)の豆皿(W6×D6cm)。“重い引き戸”に使われていたのは『ており』かな? 『みずわ』かな? などと想像しながら送り出しました。(撮影:永禮賢(ながれ・さとし)/『想い出の昭和型板ガラス ~消えゆくレトロガラスをめぐる24の物語~』より)

そのあとに残った心の空洞は、時が経つにつれて小さくはなっても、なくなることはない。

型板ガラスの器によってそんな空洞を少しでも埋めるお手伝いができたのなら、これほどうれしいことはありません。