“偶然”という神が舞い降りて

ところで、Iさんのお話に登場する「野球カステラ」とは、いったいなんだろう? と気になって調べてみました。

大正時代に神戸市で生まれたとされる焼き菓子で、野球のグラブやバットなどの形をしたあんなしの人形焼きのようなもののようです。

かつて神戸市周辺には、職人さんがいろいろな道具の形をした鋳型で生地を焼き、販売するお店がたくさんあったといいます。

そんなお店のひとつがIさんにとってはおばあさまとの想い出の場所で、こちらは震災を経てなお続いていたけれど、高齢化という別の理由でなくなってしまった。

大切な人との想い出の場所やものがひとつ、またひとつと消えていく寂しさは、人生のなかで誰もが経験するもので、時間をかけて受け止めていくしかないのかもしれません。

でも時に、“偶然”という神が舞い降りて痛みを癒やしてくれることもある。

阪神淡路大震災から四半世紀以上の時を経て、旅先の古い宿で型板ガラスと再会し、型板ガラスについての記事を発見するという小さなミラクルは、おばあさまが天国からIさんに届けてくれたプレゼントだったのかもしれません。

※本稿は、『想い出の昭和型板ガラス ~消えゆくレトロガラスをめぐる24の物語~』(小学館)の一部を再編集したものです。


想い出の昭和型板ガラス ~消えゆくレトロガラスをめぐる24の物語~』(著:吉田智子・吉田晋吾・石坂晴海/小学館)

本書はpieniの吉田智子さん、晋吾さんがホームページやSNSで「昭和型板ガラスの想い出」を募集し、集まったエピソードから、24の「昭和型板ガラスをめぐる物語」を収録。さらに「昭和型板ガラス」が詳しくわかる解説や、pieniさんが収集した模様60種のデザイン・名前・サイズ感がわかる「昭和型板ガラス図鑑」も収録。昭和型板ガラスの魅力をたっぷり堪能できる一冊です。