すべての世界は地続きでつながっている

あの人とは住む世界が違う――手が届きそうにない人を前にして、そういう感覚を持つ人は多いだろう。では、「住む世界が違う」と区切られた側の疎外感に、思いを馳せたことはあるだろうか。
世間の風潮は、時に不要な分断を生む。「違う世界」だと思っているものは、あなたの世界と地続きである。小佐野さんの作品は、それを如実に表している。

自分が経験していないことや、自分が知らない世界のことは全部「他人事」という感覚が、僕はすごく嫌なんです。自分たちには縁がない世界だと思っているうちは、当事者意識は持てないので。セクシュアリティの問題に限らず、僕は社会で起こるあらゆることに当事者意識を持つことが大切だと強く思います。

それから、僕は二元論が好きではなくて。だって、そんなにきれいに分けられないですもん。哲大は、当初は自分のことを異性愛者だと思っていました。だから、秋と恋仲になるなんて考えられなかった。でも、出会って互いを知るうちに恋に落ち、「家族をやってみよう」と思うまでに絆を深めていきます。

世の中には、同性愛者と異性愛者だけしかいないのか、ゲイかノンケしかいないのか。そんなふうにきれいに線引きできるのかといえば、できないんですよ。みんなどこかしらのグラデーションの中にいて、ある点ではマジョリティでも、ある点においてはマイノリティだったりする。だから、割り切れないものが好き。むしろ簡単に割り切らないでよって思います。

本作は、お受験にまつわる「勝敗」もひとつのテーマです。ここに関しても、割り切れる話ではないんですよね。受験に落ちたから「負け」なわけでもないし、受験させることそのものが「間違い」でもない。どちらか片方だけが正解で、もう一方が不正解という単純な話ではないんです。

これまでは、自分が全く経験していない世界を書けないと本当の小説家とは言えないんじゃないかと思って、身近ではない世界を題材にした小説も書きました。でも、あらゆる人たちに「お前は住む世界が違う」と言われ続けて、ある意味で疎外されてきた経験は、僕だからこそ伝えられること、書けることなのではないかと思い直しました。

短歌は僕にとって呼吸のようなものです。作為はなく、自然と心から溢れてくる“私性”の塊ですね。一方、小説は「自分が他人事だと感じていた世界」に入り込み、読者の方々に追体験してもらえるコンテンツだと思っています。なので、この作品を通して、僕らの世界と皆さんの世界が地続きであることを感じてもらいたかったんです。

短歌は僕にとって呼吸のようなもので“私性”の塊。小説は「自分が他人事だと感じていた世界」に入り込み読者の方々に追体験してもらえるコンテンツと語る

僕の育った家庭や秋の家族は、言ってみれば「社会から共感を得にくい家族」です。でも、僕らも同じ世界に住んでいて、同じような問題や葛藤を抱えていることに気づいてほしかった。いわゆる「普通」と呼ばれる家庭で日常的に起こっている人間同士のぶつかり合い、親子間の摩擦など、ありふれた悩みに僕たちも日々振り回されながら生きています。

『ビギナーズ家族』の初稿は、実は3年以上前に書き上がっていたんです。その原稿を引っ張り出してみて、「今、これを問いたい」と思いました。「家族ってなんだろう」という普遍的な問いと共に、いろんな呪縛を解き放ちたかったんです。

家族とは何か、「普通」とは何か。人間関係が希薄になっていると言われる現代だからこそ、本書がもたらす問いは重要な意味を持つ。世間が示す「普通」の定義もまた、改めて問い直したい。家族の形も、個人の生き方も、人の数だけ答えがある。そして、幸福も悩みも、他者と比べるものではない。他者の痛みを軽視しても、自分の痛みが減るわけじゃない。人には人の幸福があり、それと等しく、その人なりの地獄がある。
「違う世界などない」と小佐野さんは言う。不要なレッテルや境界線を取り払い、フラットな視点で世界に目を向けた時、はじめて見えてくる景色がある。小佐野さんの作品には、本来なかったはずの透明な壁を取り払い、世界をつなぐ力がある。

赤鬼になりたい それもこの国の硝子を全部壊せるやうな
歌集『メタリック』より引用


小説『ビギナーズ家族』(著:小佐野 彈/小学館 )

令和の家族小説はここからはじまる

セレブ一家に生まれた秋は、同性パートナーの哲大と静かな日々を送っていた。しかし、急逝した実父に2歳の異母弟、蓮がいたことが判明した。蓮の後見人となって哲大とともに「家族」をはじめることを決意。三人は名門私立小学校への受験を試みる。それは世間の偏見とのたたかいでもあった――。

血縁も地縁も希薄になりつつある現代――。
家族とは何か? つながりとは何なのか?
「母からは、俺たち三人は“家族ごっこ”だって言われた。だから、養子縁組もしたんだけどね。でも家族ってなんだろ、って思うよ」
――秋たちの切なる問いは、私たちの当たり前を優しく揺り動かす。
短歌、純文学ほか、フィールドを越境し続ける小佐野彈による初のエンタメ長編小説!

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