「恵まれている」と言われ続け、塞がれた声

“世界が、ちがいすぎるよ”
作中で、秋が元恋人に言われた別れの台詞だ。セレブの家庭に生まれ、経済的豊かさに恵まれた出自であるがゆえの葛藤や苦悩がある。作中で描かれた秋の葛藤は、小佐野さん本人が味わってきたものでもあった。
「あなたは恵まれている」
そう言われるたびに、縮こまっていく心。押し込められていく弱音や不満。それらを、小佐野さんは創作に形を変え、世に放つ。

子どもの頃から、「お前の家は金持ちでいいね」と言われ続けてきました。会う人、会う人、みんな口を揃えて「あなたは恵まれている」と言う。たしかに、それはそのとおりです。食うに困らず、さまざまな教育を受ける機会を与えられ、多くの経験ができたことは、恵まれた家庭環境があればこそのものです。そこには、もちろん感謝しています。

ただ、そんな環境下であっても、それなりに辛かったこと、「ありがたくない経験」もたくさんありました。学生時代の僕は、セクシュアリティの悩みも重なり、学校にも家にも居場所がなかったんです。それでも、世間に対しては「ありがとうございます」と言わなきゃいけない。「辛い」とは言えない。それがすごく苦しかったですね。大人になった今も、「あなたは恵まれている」の台詞に隠れた「だから不満や苦しみがあっても、それを口にしてはいけない」という社会的圧力を感じます。僕の尊敬する先輩作家である西加奈子さんが以前テレビのインタビューで「あなたの苦しみはあなただけのもの」とおっしゃっていたんですが、その言葉にすごく救われました。ああ、僕も「苦しい」って思っていいんだ、って。恵まれていても、お金持ちでも、「苦しい」って言っていいんだ、と。

「お金持ち」という言葉に、少なからず揶揄の響きが含まれていることも多いんです。その上で、「お金持ちはどれだけ叩いてもいい」と思っている人もいる。「お金持ちは傷つかないはずだ」、「お金持ちは傷ついてもお金で埋められるはずだ」と。でも、そうではない。当たり前だけど、傷つくんですよ。

(写真提供:Photo AC)

僕が出した2冊目の歌集『銀河一族』に、こんな歌があります。

“(もし明日さびしかつたらどうしよう。こんなに全部持ってゐるのに)”

この歌について、俵万智さんがエッセイで「こんなに寂しい歌はない」と言ってくれたことがあって。何をどれほど持っていても、寂しい時もあるし、辛いこともある。でも、それはなかなか周囲には理解されないんですよね。

良い評価も悪い評価も、本人の努力ではなく家や生まれに囚われがちで、「恵まれている」の一言で済ませられてしまうのは、けっこうしんどいものがあります。なので、作中の秋が自力で立つ姿には、僕の憧れを託しているんです。