名家に生まれた者の葛藤とお受験のリアル
小佐野彈さんの新著『ビギナーズ家族』は、セレブ一家に生まれた秋の視点で物語が進んでいく。同性のパートナー・哲大と穏やかな日々を送っていた秋のもとに、ある日、急逝した実父に幼い異母弟の蓮がいるとの知らせが舞い込む。蓮を引き取り、哲大と共に「家族」をはじめようと決意した秋は、最難関と呼ばれる名門私立小学校への受験を目指す。
セクシュアルマイノリティに対する偏見、セレブ一家に生まれたことで課せられた重圧、小学校受験のリアル。著者の原体験が至るところに散りばめられた本作は、「家族とは何か」という切実な問いをまっすぐに投げかける。
僕が小学生の時に両親が離婚したので、うちはいわゆるシングルマザーでした。とはいえ、戸籍上では国際興業グループの社長である祖父の養子に入っていたため、経済的な苦労とは無縁の世界で育ちました。
ただ、やはり母としては、離婚したことで子どもたちに負い目のようなものがあったのだと思います。慶應義塾幼稚舎時代、学年132名のうち、在学中に両親が離婚した家庭はたしかうちだけだったので。絶対にこの子たちに苦労はさせない。与えられるものは全部与える。そういう気迫が母からは感じられました。『ビギナーズ家族』に登場する秋の母親・知香も同じくシングルマザーで、「自分は我が子にすべてを与えてきた」という自負を持っています。でも、その自負が秋にとっては重荷でもあるんですよね。
作中には、お受験に関する描写が多々登場します。僕自身も慶應義塾幼稚舎の受験を経験していますが、幼稚舎にはなんとなく「代々続いてこそ本物」という雰囲気がある。でも、先日、何代も続く幼稚舎一家だった知人のお子さんが受験に落ちたと聞いて。その際、慶應の中学を受験するのか伺ったところ、「しない」と潔くおっしゃっていたんです。「なんか呪縛が解けちゃった」と。その姿はとても清々しくて、ある意味眩しく映りました。
作中でも、秋の姪っ子・亜実が受験に失敗する場面があります。その時、秋の姉である春はこう言います。
“「あたしはすっきりした。これで、亜実は東大にもハーバードにもオックスフォードにも行ける。慶心初等科だったら、慶心にしか行けないもん」”
実際、慶應義塾幼稚舎に入って、そこからほかの大学を受け直す子はほとんどいません。ケイパビリティ――経済学的に言うところの「権原」、あるいは「選択肢」を豊かさのひとつの指標として考えるなら、「権原」や「選択肢」は受験によって奪われているとも言えるわけです。それが果たして本当に「豊か」なのか。これは難しい問いですよね。