5歳の頃は不安に思いすぎていた
おでこちゃんさんの娘さんは、5歳なのですね。うちの娘がそれくらいの時、わたしも今よりセンシティブに考えておりました。
まず、5歳のお子さんと暮らすというのは単純にとても疲れますよね。言うことを聞いてくれないエネルギーの塊のような小さな宇宙人相手に、疲れ果て衝動的に言葉が出てしまう方は多いのではないでしょうか(それだからいいというわけではなくて)。
ですから何もおでこちゃんさんが特別おかしい、ということはないんだと思うんです。
5歳くらいの子どもに対して、自分の言葉や愛情のかけ方が、この子の人格を作っていくんだ説を聞いたりしますと、責任重大すぎて、親と同じことをしてしまうのでは、と、私も必要以上に不安になったりしていました。
そう、今思えば、不安に思いすぎていたように感じるのです。
今、うちの娘は中学1年生ですが、想像以上にわたしのことを冷静に見ています。わたしが、どういう時に不安定になるのかを知っています。わたしに、どういう癖があるのかを知っています。その癖は、直したい癖ではありますが、そう簡単ではありません。
だけど、わたしは、隠さない方がいいかな、と思っています。
感情でものを言ってしまったら、
「さっきはごめんなさい」
と謝るようにしています。
気をつけるようにしつつ、同じようなシチュエーションにならないようにも気をつけたい、とも話してみたりします。
それが正しいか合っているかは、わたしには全くわかりません。毎日試行錯誤です。あっという間に子どもは大きくなりますし、昨日と今日で全然違うわ、こんな感じだったっけ、と成長についていけず、どんどん違う問題や大変さがきます。
ですが、5歳の頃と比べると、わたしの体の負担は明らかに減りました。中学1年生の娘は自分で起きて、YouTubeを見ながら身だしなみを整え、好きな服を選び、いってきます! と出かけて行きます。それに生意気ではありますが、5歳の時より話は通じます(笑)。
最後に。わたしは、自分の中に人に見せたくない部分があった時、先にそれを話したり伝えたりすることにしています。なぜなら、隠す、ということは、人に知られたくないことがある、ということで、一つ隠すと、隠すことが増えて、本当でない自分で人と付き合っていかなくてはならず疲れてしまうからです。
ですからわたしは、欠点を晒す、ということを恐れずやっています。あっけらかんと話せば意外と受け入れてくれる人は多いです。そうすることで、風通しが良くなり、人とも自分とも付き合いやすくなる気がしているんです。
長々と書きましたが、どこか参考になるところがあるといいなあと願いつつ。
おでこちゃんさんが楽しく毎日を過ごされることを願っています!
※本稿は、『母が嫌いだったわたしが母になった』(著:青木さやか/KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
『母が嫌いだったわたしが母になった』(著:青木さやか/KADOKAWA)
「母が嫌い」だった青木さやか、自身と娘との関係を見つめる新作エッセイ!
母との関係に悩み、現在は中学生になる娘さんを育てる青木さやかが、母との関係を振り返りながら、自身の娘との関係を見つめる。子どもとの関係のなかで大切にしていること、これまでの子育てで悩んできたこと、幸せを感じたこと…。同じように母親との関係に悩む人や、子育て中の読者からの相談にこたえるコーナーも。