青木さやかさん(撮影:後藤利江/写真提供:KADOKAWA)
連載「50歳、おんな、今日のところは『……』として」で、母との確執やギャンブル依存症など、自身の経験を赤裸々に綴り話題となった青木さやかさん。2019年に母を見送り、現在は中学生になる娘さんを1人で育てています。「母が嫌い」だった青木さんが、自身と娘との関係を見つめ、これまでの子育てを振り返ります――。

頑張っているけど、自分を褒めない

わたしは、自己肯定感が低い。

自己肯定感とは「自分の良いところも悪いところも含めて、ありのままの自分を肯定する感覚」のこと。「他人と比較して優れている」といった相対的な理由からではなく、誰かと比較しなくても、今の自分の全部を「そのままでいい」と認めて尊重する力のこと、と辞書などには記してある。

親に褒められてこなかったからなのか、
その親のせいにして自身でどうにかしようとせず四十代まで、きてしまったからなのか、
なにしろ自己肯定感が低いことは自負している。

わたしは頑張ってきた。子どもの頃は、母に褒められようと、それはそれは頑張った。スイミング、ピアノ、習字、体操、そろばん、毎日なにかの習い事に行った。弟は体が弱く、風邪をひけば肺炎になり入院をしていた。母は弟につきっきりでわたしは寂しかったが、お姉さんでしょう、と言われ頑張った。

街で、見ず知らずの人に「あ、青木さやかだ、最近何してんすかー頑張ってくださいよー」と言われても、ありがとうございます、頑張ります、と頭を下げるんだもの、頑張った。
女一人で狭いながらも都内にマンションを買ってローンを毎月支払ってる、頑張った。

娘を学校に通わせ、犬と猫二匹を毎日食べさせているんだ、頑張った。

娘の機嫌をとりながらわたしの機嫌をとってくれる人のいない虚しさがときおり襲いかかる中、自分を奮い立たせて頑張った。

 

頑張ってる。頑張ってるが、自分を褒めたことは、ほとんど、なかった。

自己肯定感の低さは生きづらさに繋がっているのかも、とオトナになって気づいた。


なにをしたって、どれほど頑張ったって、評価されたって、自分にマルをつけてあげられない。もっともっと、頑張らないと、わたしには価値がないと、どこかで思ってしまってるんだから。自分で充分わかっていながらどうしたら良いか、わからなかった。

あげく、人に「もっと自分を大事にして、自分で自分を認めてあげなさいよ、自分がかわいそうよ」などと言われた日には、ヘラヘラと「だよねーありがとう、そうするね」と話を合わせながら、もう勘弁してくれと、海に向かって叫びたいのである。