私はいつもの練習用のCDの中から、ブルースの一曲を選んでかけた(写真はイメージ。写真提供:photoAC)
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彼女のラストダンス

この1月、Aさんが社交ダンスサークルを去っていった。昨年の暮れ、心不全一歩手前と偶然わかったとか。10日間の入院治療を終え退院したが、医師からは激しい運動を禁止されたという。

社交ダンスを始める理由は人それぞれだ。リハビリの一環として踊る人、新しいステップを覚えるのが楽しみという人、ドレスを着て変身するのが魅力的だという人……。私はパーティーで困らないようにと習い始めた。なのに毎年末の発表会が近づくと落ち込む。先生から注意されたことができなくて泣き出したくなるのだ。そんな時は、よくAさんに愚痴を聞いてもらっていた。

Aさんは運動の一つとしてダンスを選んだそうだ。音楽に乗って体を動かすのが気持ちいいと言いながら、彼女は発表会には参加しないと決めていた。練習はみんなと一緒にするが、人前では踊らないというのだ。楽しむためにやっているのに、緊張を強いられるのは私もご免だ。

またAさんは、「人はいつか寝込んであの世に行くの。自分は頑張った、という思い出がたくさんあれば、病室の天井を見ていても楽しいでしょう。そういうことのために生きているんだから」と言った。私もまったく同感だ。

退院してすぐ、Aさんは私に「今度、旦那さんをちょっと貸してちょうだい」と頼んできた。正月明けの最後の練習日、彼女はずっと立ったままみんなのレッスンを見学。先生にお別れのあいさつを済ませ、モップがけの掃除も終わって――。

私はいつもの練習用のCDの中から、ブルースの一曲を選んでかけた。Aさんと夫は広いホールに立ち、腕を組みゆっくり踊り出した。


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