あるとき、母にあれこれ口をはさまれている姉を見て、「私、長女じゃなくてよかったわ」と言ったら、姉が「あなただったらあんなに介入してこないわよ」と。姉自身もよくわかっていたんですね、自分が弱いから母が介入してくるということを。
姉はその後ジュリアード音楽院に進み、母の思い描いたピアニストへの道を歩むことになりますが、すでに母の情熱は「ピアノ」ではなく、なんとか姉に「まともな結婚」をさせることへと向いていました。姉は母の思い通りに結婚したい気持ちと、もう母の思い通りにはなりたくないという気持ちとの両方に引き裂かれていたのかもしれません。
姉はそれなりにきれいでちやほやされたのに、どこかで自信がなく、いつも不安を抱えていました。ひどく傷つきやすい人でした。それで、恋愛絡みでの狂言自殺が2回。母が帰ってくる時間を狙って自殺を図るんです。救急車を呼ぶ母は姉に怒りしか感じなかったようです。
そんな姉も、ジュリアードで出会った日本人のチェリストと1度は結婚しました。でも、誰が見ても長続きする感じは最初からなくて、案の定2年ほどで離婚することに。姉に言わせると、「知的な世界に対して開かれていない人だった」と。「美苗ちゃんは、岩井くんと知的な会話なんかもできるんでしょう、いいわねえ」って言っていました。
母は姉の結婚問題に、恐ろしいほどの情熱を傾けていました。それが、姉が結婚し、離婚したあとは、憑きものが落ちたかのように姉への興味を失った。以後は姉の恋愛にも生活にも一切口を出さなくなりました。
母に見捨てられた姉は私に頼るしかありません。姉の未来が私の肩にかかってくることにひどく当惑を覚えましたけれども、私に逃げ場はなかった。一方、姉に興味を失った母もまた、なんだかんだと私を頼ってくるようになりました。
その頃、父は持病の糖尿病が悪化。目が不自由になって仕事をやめ、自宅にいることが増えました。あろうことか、母はそんな病気の父がうとましかったのもあって、恋人をつくり、家には夜中まで戻らなくなったりしました。