「母に甘えられなくても、祖母が寄り添ってくれたことで、一生分の安心感を手に入れることができた気がします」(撮影:堀口豊太)
強烈な個性を持った母に振り回されて育ったという水村美苗さん。姉・香苗さんと自分の扱いの差を、ひどく不公平に感じていたそうです(構成:平林理恵 撮影:堀口豊太)

家の手伝いはいつも私ばかり

――2022年1月、2歳上の姉・香苗が亡くなりました。持病のために長年使っていた薬の副作用で、ここ数年で骨粗鬆症が進んだ結果、身長が10cmも縮み、肺も心臓も圧迫されてしまって。幼い頃から痛みにとても弱い人だっただけに、どれだけつらかったかと思うと胸が痛みます。

それでも前の年のクリスマスには、姉がピアノを教えていたお弟子さんたちを集めて発表会を開けたんです。お正月の2日には「おせちを持って行くね」と電話もしましたし。ところがその翌日、呼吸困難で病院へ搬送され、4日には還らぬ人となってしまった。

遺品整理をしていたら、私からのお土産、しかも私も持っている物がたくさん出てきました。姉は私と同じ物を持つと「お揃いね」と安心したので、私はよく同じ物を2つ買って帰って、姉に1つ渡していたのです。

 

実母との愛憎を描いた『母の遺産新聞小説』、12歳と14歳で渡米した姉妹の20年を綴った『私小説fromlefttoright』。水村さんの作品には、自身を投影した主人公とその姉が登場する。設定こそ違えど、そこに映し出される母との確執や姉妹の関係性は、水村さんの実体験に基づくものであるという。

――母の母、つまり私の祖母は芸者でした。40代半ばで、24歳下の祖父と出奔して産んだ一人娘が母です。当時の言葉でいう庶子、祖父が認知した私生児でした。この生い立ちへのコンプレックスもあったのでしょう。母にはすさまじいほどの上流への憧れと上昇志向がありました。