認知症は不思議な世界に満ちあふれている

早速試してみたが、後ろ脚に障がいがあり、前脚の筋力がかなり衰えた未来には、前かがみでトリーツを探す「ノーズワーク」は、前脚に大きな負担がかかるので、難しかったようだ。

下を向くと前脚が「ハの字」になり、踏ん張ることに気を取られるのか、ノーズワークに集中できない。トリーツを探そうとするとどんどん前脚が「ハの字」に開き、開ききったら自力で元に戻れない。

カーペットの上でも滑るほど、未来の脚の筋力は衰え始めていた。

同時に、「こんなに筋力が衰えているのに、どうしておうち運動会ができるのだろう」という素朴な疑問が沸き上がった。

そういえば、近所の犬友達が、愛犬を見送った後に、こんなことを言っていたっけ―。

「うちの犬は18歳で亡くなったんだけど、亡くなる前は認知症でね。よぼよぼで、散歩なんて歩けないほど足腰が弱っているのに、夜になるとすごいスピードでくるくる回るんだよ(この子は無限サークル型の徘徊)……そんなに歩けるなら散歩行けるでしょ? って……でも、やっぱり昼間になると足腰がよたよたなんだよ。歩けないんだよね……。あれは不思議だね。いまだもって謎だよ」

確かに不思議だ。

未来に「なんで?」と聞いてみたいが、話ができない未来に聞くのは不可能だ。 認知症という老いの病は、人間も犬も、彼らにしかわからない不思議な世界に満ちあふれているのだと思った。

※本稿は、『うちの犬(コ)が認知症になりまして』(青春出版社)の一部を再編集したものです。

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うちの犬(コ)が認知症になりまして』(著:今西乃子/青春出版社)

すべての愛犬に訪れる「老い」にどう備えるか…17歳の超高齢犬・未来(柴犬・メス)との“ますます愛しくなる介護”をユーモラスにつづったエッセイ。認知症対策や介護の知恵、老犬と楽しく幸せに暮らすコツなど、「老いじたく」のヒントが満載!わんこ大好きなマンガ家・あたちたちさんの描き下ろし4コママンガも掲載。