恋をする気がしなくって……
彼の残してくれた「微々(びび)たるお金」とたくさんの写真と共に、由紀さんは何もできず長い時間を送っていたが、見かねた叔母がやって来て、「あなたはまだ若いんだから」と、テキパキ引っ越しの段ボール箱詰めを始めてしまった。
こうして由紀さんは、思い出のマンションから小さなワンルームに移り、中型デパート店で再び働き始めた。4年後、2DK・家賃1万9000円の都営住宅に入居することができた。
「死ぬまでそこに住めるから、とりあえず安泰」
由紀さんは涙のあとの残る顔ではかなく笑って、視線を逸(そ)らせた。
この場において、なんとなく不謹慎だが「SMのほうは……?」と尋ねると、「封印したら、もうする気もなくなって……。彼が偉大すぎたから」
由紀さんは10年経った今も、彼のことを引きずって生きている。その後、つきあった男性はいない。
「恋をする気がしなくって。未だに彼のお墓参りに行ったり、そんなことばっかりしてます」
もし将来というものが見えていたら、由紀さんは(もっと早くにしてあげていたら)と、後悔したのではないだろうか。
私ならきっとそう悔(く)やむと思う。
しかし、「いやぁ、それは私のなかで無理があるから」と、ここだけは揺るがなかった。