肉体関係がなくても、信頼関係は築けるものなのか
「35歳からだいぶ過ぎて、母親の年齢を完全に超えたから、私の気持ちがすこし開けてきたんだと思うんです。母親の年齢を超えても私は生きてるから、もういつ死んでもかまわないって気持ちが出てきて、やっと彼に一線を許すことができたんです」
しっかりとした口調で語る由紀さんの目は、もう濡れていなかった。
本当にぶれることのない芯の強い女性だ。彼も由紀さんのこういう姿勢に惚(ほ)れ込んでいたのだと、すこしだけれども、私には理解することができた。
私は由紀さんに最後の質問をした。
「肉体関係がなくても、信頼関係は築けるものなのか」と。
「築けたと思ってます」
私の顔をまっすぐに見て、由紀さんはゆっくりと低い声で言った。
ならば、「肉体関係を持つ前と持ったあとでの変化は?」
「ないです」
由紀さんは、私が言い終えるのを待たずに即答した。
「肉体関係があったからなかったからって、変わったということは何もありませんでした。男女の信頼関係は、肉体関係がなくても築けると私は思います。相手によりけりですね。私は彼でよかった……」
由紀さんは、まさに彼女にふさわしいパートナーと出逢えたと私は確信した。
濃くて短い幸せと、薄くて長い幸せ、私ならどちらを望むだろうか。肉体関係を結ぶのにここまで自分の生き方を貫ける人がいるとは……。
彼のことを想うと悲しいけれども、北極星のように揺るがず潔(いさぎよ)い由紀さんの生き方を知り、私の心にすがすがしさが残った。
そもそもなぜ由紀さんは「大人処女」でいることを決意したのか?<初回はこちら>「初キスまで2年半」「一緒に住んでも部屋に鍵」の30代女性。作家・家田荘子が言葉を失った「大人処女」の実情とは
※本稿は、『大人処女ーー彼女たちの選択には理由がある』(祥伝社新書)の一部を再編集したものです。
『大人処女ーー彼女たちの選択には理由がある』(著:家田荘子/祥伝社新書)
30歳を過ぎて性経験がない女性、大人処女。彼女たちは、なぜそれを選択したのか。著者は、梓さんを含む9人に寄り添うように取材、すこしずつ聞き出していく。そこには、9者9様のドラマがあった。さまざまな価値観と生き方を伝えるノンフィクション。