人間の体はよくよく見ると不気味
7篇のうち最初に書いた「耳もぐり」は、相手の耳に手を入れることにより、その体にもぐることができるという奇怪な能力を持った男の話です。たまたま耳を題材にしたのですが、それならば体にまつわる短篇をシリーズで書いて、一冊にまとめようということになりました。
よくよく見ると、人間の体ってなんとも不気味。書いてみて気づいたのですが、怪奇小説にはうってつけのテーマでした。
実際に本を開いていただくとわかりますが、あえて改行を減らし、ページに文字をみっちり詰め込んでいるのは、意図的な演出です。そのほうが、読みながら頭に思い描く光景が濃密になる気がして。読者の意識を搦(から)めとり、文字に埋(うず)めていくようなイメージで執筆しました。
知人から割のいいバイトを持ちかけられたり、誰かが入っている公衆トイレのドアを開けてしまったりと、出だしは誰の身にも起きそうなことばかり。でも、最終的には思いもよらない場所へ辿り着く。きっと僕自身が日常に退屈しているので、常識からはかけ離れた光景を見たくてしかたないのだと思います。
本をちぎって貪り食う男の奇妙な体験、太った女の柔らかな肉への欲望、削がれた人間の鼻を農場で育てる悪夢のような仕事、髪を信奉する新興宗教団体の不可思議な儀式……。
どの短篇も自分なりに趣向を凝らしたつもりです。子どもの頃、風呂場で母親に散髪してもらった時に感じた、切り落とされた髪の気持ち悪さ、もしも鼻を削がれたらという恐怖など、僕自身が生理的嫌悪感、違和感を覚えたことを手がかりに物語を考えていきました。