「年齢もさることながら、コロナの影響で公演が減ったことで、衰えが進んだ気がします。でも『芝居をやりたい』という気迫は、最後まで持ち続けていました。」(丹野さん)

75年間の役者人生を全う

そんなわけですから、奈良岡さんと同じマンションに住み、親しくしていただいたプロデューサーの石井ふく子さんにも、亡くなったことをすぐには知らせなかったんです。「水臭いったらない」とお叱りを受けまして……。あんな遺言を残されなければ、と思いましたね。(笑)

実は亡くなる3年ほど前、医師から「芝居なんて、とんでもない。心臓に負担をかけるから、もうやめてください」と言われたことがあって。奈良岡さんは付き添っていた私のことをチラッと見て、「だったら生きていてもしょうがないわね」。

芝居をしない自分は、死んだも同然なんでしょう。ですから年齢もさることながら、コロナの影響で公演が減ったことで、衰えが進んだ気がします。でも「芝居をやりたい」という気迫は、最後まで持ち続けていました。

晩年は広島の原爆被害がテーマの『黒い雨』(井伏鱒二作)の朗読に力を入れ、90歳まで旅公演もこなしていました。最後の舞台は2022年2月、岡本健一さんと共演した『ラヴ・レターズ』。映画は22年に公開された水上勉さん原案・沢田研二さん主演の『土を喰らう十二ヵ月』です。

18歳で初舞台を踏んでから75年。劇団民藝の舞台だけでも、公演回数は7088回。ほかの舞台も加えると、ゆうに1万回を超えるでしょう。また、出演した映画とドラマは数え切れません。最後まで見事に、役者人生を全うしたと思います。