奈良岡さんが長年愛用していた化粧箱。革の持ち手がついている

舞台への復帰が生きがいだった

亡くなった後、父が「朋子もかわいそうな女だったなぁ」と言いました。実の兄だからこそ、結婚して幸せな家庭を築いてほしかっただろうし、一生独身だったことを不憫に思ったのでしょう。

でも私と妹は、「あんな幸せな人生ないじゃない」と大反論。役者として、何百、何千もの人生を生きてきた。その充実感は窺い知れません。もし人生になんらかの不平不満を抱くとしたら、もっと舞台に上がりたかったということでしょう。

奈良岡さんの死後、テーブルの上にごちゃごちゃと残っていたメモの間にこんなメッセージが残されていました。このメッセージを発表したところ、なんと見事な人生の終(しま)い方だろうと、多くの方が感激してくださいました。でも私は、本人はちょっとした気まぐれで、戯れに書いてみたのではないかと捉えています。

なにせ舞台に復帰することだけが生きがいで、それは執念と呼んでもいいほど。ですから本人にしてみれば、新たな旅に出るのはまだまだ先のつもりだったのではないでしょうか。

奈良岡さんのメッセージ

新たな旅が始まりました。旅好きの私のことです、未知の世界への旅立ちは何やら心が弾みます。

向こうへ着いたらすぐに宇野(重吉)さんを訪ねます。もう一度あの厳しい演出を受けたいと長い間願ってきました。でもね、宇野さん、私はあなたよりずっと長く生きて経験を積んできましたからね、昔のデコじゃないですよ。「デコ、お前ちっとましになったな」と言われたくてこれまで頑張ってきたんですから。腕が鳴ります。杉村(春子)先生とももう一度同じ舞台を踏みたかった。どんな役でもいいからご一緒したい。ワクワクします。

両親に挨拶するのは二、三本舞台をやって少し落ち着いてからにします。それからは裕ちゃん(石原裕次郎さん)や和枝さん(美空ひばりさん)と思いっきり遊びます。

これが別れではないですよ。いつかはまたお会いできますからね。それでは一足お先に失礼します。皆さまはどうぞごゆっくり……