声を殺すことは、自分を殺すこと

ある日、私の叫び声を不審に思った同じアパートの住人が警察を呼んだ。自分の身に起きていることを上手く説明できなかった私は、「なんでもないんです」と「すみません」をひたすらに繰り返した。そんな私に警察官はあからさまに嘆息し、「集合住宅なんだから、周りに迷惑をかけないように」と注意して帰っていった。警察を呼んだ人も、警察官の言い分も、何も間違っていない。だが、私は途方に暮れた。どうすれば“迷惑をかけずに済む”のか、誰か教えてほしい。そう思ったけれど、そもそも誰に頼ればいいのかもわからなかった。それ以降、私は布団の中で枕を噛み、声を殺すやり方に戻した。それは、実家にいた頃と同じ声の殺し方だった。

声を殺すことは、自分を殺すことだ。でも、私はほかの方法を知らなかった。「人に迷惑をかけないため」には、「自分が黙っている」しかない。私は、私の不快な感情を表に出してはならない。両親から受けた被害を誰にも知られてはいけない。それらをすべて「なかったこと」にしなければ、私が罰せられる。

「お前が悪いんだ」

「お前がこうさせたんだ」

何度も蘇る父の言葉が、皮膚の内部を動き回る。取り出したいのに取り出せない虫が、体中を這い回る。その感覚は夢にまで侵食し、悪夢を見ては飛び起きる日々を繰り返した末、私は眠ることそのものに恐怖を覚えるようになった。睡眠も食事も満足にとれないまま仕事に行き、通常では考えられないミスを連発した私は、とうとう職場にも行けなくなった。狭いワンルームで、排泄のためにトイレまでの道のりを這う。そんな自分の姿を憐れむ余裕さえなかった。

ただ息をしているだけ。そんな状態のまま、何日も独りで天井のシミを見ていた。悪夢に耐えかねて訪れた病院で処方された睡眠薬を傍らに置き、それを衝動的にラムネのように貪り、意識を飛ばして苦痛を和らげる。飲み込む薬の量によっては、数日間意識が飛ぶ。意識が戻った際、布団が濡れていることもあった。それは汗ではなく、明らかに失禁した痕跡だった。自身の体から放たれる異臭は、私に絶望と諦めをもたらした。

どこへ行こうとも、過去からは逃げられない。

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そう思った瞬間、全身の力が抜けた。私はこの日、明確に「生き延びること」を諦めた。だが、私以外の“わたし”――幼少期より私の中にいた交代人格が、意識を手放した私に代わり、命をつなぐ選択をした。