夜の九時過ぎ。
 部屋は全部埋まっていて、食事をしたところの食器下げも全部終わってる。後は飲み物のオーダーや、灰皿を下げたりするだけの単純な仕事。
「夏夫、もう行っていいぞ」
「はい」
今日は〈バイト・クラブ〉の皆が来た。今のメンバー全員が集まる日ってのもあんまりないからね。
「これ片づけ終わったら、行きます」
「いらっしゃいませ」
 入口のドアが開いたので反射的に二人で同時に言ってそっちを見ると、尾道くんがいた。
「よぉ、久しぶり」
「どうも」
 後ろに、女性の姿。
 女性連れなんて珍しい。
「カラオケ?」
〈バイト・クラブ〉に顔を出しに来たのかと思ったけれど、女性連れならデートかと思ったが。
「いや、筧さん、こちら塚原さんと言うんですが」
 女性が、こっちに向かって微笑(ほほえ)む。会釈をする。
「覚えてませんかね。俺、高校時代の彼女の話をしたことあるでしょう」
 してたね。
「あの別れたっていう方?」
 二人で苦笑いみたいなものを浮かべる。
「なんだい、再会したって話かい。焼けぼっくいに火が点(つ)いた?」
「いやいや、彼女、高校の先生になったんですよ。そして、三四郎の担任の先生なんですよ」
「塚原六花と言います」
「えー! 先生」
 三四郎の。
 それはそれは。
「いやまさか見回りとかじゃないでしょうね」
 たまにあるんだよね。高校の先生たちが、こういう場所を見回りに来ること。自分のところの生徒たちがおいたをしていないかって。
「違いますよ。塚原さんはちゃんと知ってますよ。三四郎がここに来てるっていうのを」
 夏夫もちょっと眼を丸くして驚いて笑ってる。笑ってるってことは、夏夫は何か三四郎から聞いているのかな。
 その夏夫を見て、塚原先生が何か微かに表情を変えた。
「あの、ひょっとしたら赤星(あかほし)高校の紺野(こんの)夏夫くんじゃ」
 え、って夏夫も、尾道くんも少し驚いた。
「そうですけど」
「知ってるの?」
 こくん、と頷いた。
「お母さんを。夏夫くんにも、会ったことあるのよ。まだ小学生の頃だけど」
 

 

小路幸也さんの小説連載「バイト・クラブ」一覧

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