
筧 久司(かけいひさし) 五十八歳
〈カラオケdondon〉オーナー
金曜の夜が始まる。午後五時過ぎ。
駅からちょっと歩いて、住宅街の始まりにあるせいなのか、週末だからって極端に混むこともなく、まったく誰も来ないこともない。数人のお客さんがだらだらと居続けるって感じの日が多い。
そもそもこんなところにカラオケ屋を、それも狭い土地に四階建ての小さなビルを建てて始めたってやっていけるわけない、なんて言われたけどな。そうでもなかったよな。
ちょうどいいんだ。駅から帰宅する途中にあるし、その反対に駅に向かうのにもそれなりに近い。家から出て仲間内でカラオケするっていうのにもちょうどいいってんで町内会の皆さんが仲間内で集まることも多い。
我ながら、先見の明があったんじゃないかって思うよ。お蔭様で建築費用の借金も順調に返していって、暮らしぶりもまぁ金持ちじゃないけど、ごくごく普通に暮らしていけるだけの収入はある。
子供がいないってのもあるけどね。子供がいたらそこに掛かる教育費なんかは本当にバカにならない。それは子育てをしてきた友人やご近所の皆さんから話を聞いて、大変だなぁといつも思ってる。
子供は欲しくないわけじゃなかったけど、できなかった。結婚してからわかったことなので、もうそれはどうしようもなかったし、できないからどうだってわけじゃない。惚(ほ)れて好き合って結婚したんだ。絶対に死ぬまで一緒に生きていくと決めている。
その代わりというわけじゃなかったけれど、〈バイト・クラブ〉を実現するためには、良かったと言える点ではある。そういうふうに言うのはなんだけど。子育てのために四苦八苦していたら、とても実現はできなかったかもしれない。
佳子(よしこ)が喜んでいるのが、本当に良かったって思ってる。集まってくる子供たちのことを、本当に可愛がっている。
できることなら何でもしてあげたいとも言ってるけれど、そこはまぁ、一線を引かなきゃならないと注意はしてるんだ。
〈バイト・クラブ〉はあくまでもただの部活動みたいなもの。バイトしている高校生たちの、ある意味では放課後の部活。ただ、集まった皆で話したり歌ったりのんびりするだけの部活。
俺たちがやっていいのは、ただ子供たちに居心地のよい居場所を与えてやることだけ。そういう場所を持てた子供は、絶対に変な方向に走ったりはしないと思ってる。
俺がそうだったからな。
まぁもしもその他に俺たちが助けになれることがあるなら、やってあげてもいいとは考えているけどな。