入院費が払えず、すがる思いで母に頼った

仕事を探しては働き、体調を崩しては休み、居づらくなって退職する。そうして困窮してはお金のために異性と会い、お金のために体を許し、それを「恋愛だ」と必死に言い聞かせる日々は、父親から性虐待を受けていた当時と少し似ていた。「これが父なりの愛情表現なのだ」と、無理矢理に自分を納得させていた時期があった。しかし、自分の心を守るためにすり込んだ嘘は、やがて私をひどく蝕んだ。

優しくしてもらえると、生きていてもいいような気がした。同時に、行為が終わるたびに「今すぐ死にたい」と思った。行為の最中、私はずっと目を瞑っていた。相手の顔を見ないことで、自分を触っている相手が生き別れた幼馴染だと思い込もうとしていた。最低な行為だと頭では理解していたが、「じゃあ他にどうしろっていうんだよ」と心が叫んでいた。

自傷行為や自殺未遂が日常化していたため、入院回数は複数回に及んだ。入院費用が払えず、当時関係を持っていた人に立て替えてもらったこともある。しかし、毎度同じように他人に頼るわけにもいかず、とうとう私は実家に電話をかけた。父は外で働いているため、平日の昼間なら確実に母が出る。

もしかしたら、助けてくれるかもしれない。

そんな幻想を抱き、指が覚えている電話番号を押した。母は、思いのほか優しい声で私に問うた。

「今どこにいるの?」

入院費用を立て替える代わりに、今住んでいる場所を教えなさいーーこれが、母が私に出した条件だった。逡巡したものの、背に腹は変えられず、私はせめてもの願いを伝えた。

「私が今住んでいる場所を、お父さんには絶対に教えないで」

母はその言葉に頷き、父には伝えないことを約束してくれた。しかし、後日私が住むアパートの呼び鈴が鳴った。来訪者は、父だった。母は私との約束を呆気なく反故にした。彼女が私を守ってくれないことなど、とうの昔に知っていたはずだった。それなのに期待してしまった自分は、底なしのバカだと思った。

激しい自傷行為が、両親を呼び寄せた

父の来訪と母の裏切りは、私の心に風穴を開けた。チェーンロックをしていた玄関を開けることなく、布団に潜り込んで父が去るのをひたすらに待ち続けた。世間体が大事な彼らは、ドアをぶち破ったり、玄関先で騒ぎ立てたりしない。あくまでも「娘を心配して訪ねてきた父」を装う声音は、どこまでも優しかった。その声は、内臓の奥で押し殺してきた私の殺意を駆り立てるには十分だった。腹の底が痛いほど熱く、今にも吹き出しそうな悲鳴と怒声が喉元までせり上がる。それらを吐き出すと同時に、鈍色の刃をあの男に突き刺せたなら。あの男が、望まぬ娘の体内に抜き差ししていた異物を切り落とすことができたなら、どれほど楽になれるだろう。

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私のこの思考を“狂気”と呼ぶのは容易い。だが、それを招き寄せたのは誰だ。ただ生まれただけの私を、ここまで壊したのは誰だ。産み落とした本人さえ、守ろうともしてくれない。その状況で私にだけ正常でいろというのは、あまりに無茶な要求ではないか。そんな衝動の裏側で、それでも尚、「負けたくない」という意地が唐突に湧き起こった。それはおそらく、これまで私を救ってくれた物語たちが楔となり、理性の柱に私の心身をつなぎとめてくれた結果だろう。初任給で買い求めた村山由佳氏の小説『翼』を、すがるように抱きしめた。

「助けてください」と願った。本を抱きしめ、「お前は悪くない」と言ってくれた幼馴染の面影を追い、自身の腕を噛み痛覚で自我を保ち、「助けてください」と何度も何度も祈った。父の暴力からでも、母の裏切りからでもない。私がこの手で人を殺めることのないように、私が罪人にならずに済むように、助けてください。そう祈った。

諦めた父はやがて去り、静寂が訪れた。私は、すぐに新たな仕事を探し、彼らに見つからぬ場所へ引っ越しをした。引越し資金を貯めるために、食費を極限まで削った。あの当時、私の体は人生の中でいっとう痩せていた。

無理をしたツケは、引越しを終えて安堵した途端に訪れた。
いつもそうだ。「これでもう大丈夫」と思った瞬間、心身が悲鳴を上げる。まるで、抑えつけられてきた子どもが泣き喚くみたいに。

仕事中、衝動的にコンビニで購入したカッターナイフで腕を切り裂いた。買い出しを頼まれていた最中のことで、社用車の座席と私の衣類は血まみれになった。傷は深さ1センチを超えており、病院で10針以上縫うほどの大怪我を負った。それなのに、私は平然としていた。比喩ではなく、本当に痛みを感じなかった。血だらけで能面のような表情を貫く私を持て余した職場の人が、救急車を呼ぶと同時に警察に連絡した。その結果、両親が呼び寄せられた。知らぬ間にアパートは引き払われており、私は実家に連れ戻された。